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小さな花

第3章 Saliva


「うん。なんだかんだ楽しく過ごしてるよ。困ってること…」


不意にシンくんやカズヤくんの顔が浮かぶが、とくに困っては…。


「あるんですか?」


「う、ううん。ないよ!どうして?」


「いや、ただ、なんとなくです。知らない町っていろいろと大変そうだなって…」


倉田くんは横浜の孤児院で育ったことを話してくれた。


そして、同じ孤児院で育ったシンくんのことも…。



「社長、言ってなかったんですね。まずいこと言っちゃったかな…」


「大丈夫だよ、私も自分からはわざわざ言わないからさ」


「せいらさんとちょくちょく飲みに行ったりしてるの聞いてて…てっきり話してるのかと思ってました。」


「ん…。」


結局、私はシンくんのことを何も知らない。


何度も同じ時間を過ごしてきたのに、なにも話してもらえない。



「せいらさん?」


「あっ…うん」


「大丈夫ですか?」


倉田くんの優しいまなざしに、甘えてしまいたくなる。


「ね、私の化粧…変かな?」


「…へ?」


驚きながら私の顔をちらっと見ると、恥ずかしそうに彼は言った。


「たしかに…最初に会った時とはイメージが少し違いますかね。でも!変じゃないです!決して。」


一生懸命に言葉を発する姿は私を癒し、微笑ませた。


「ぼ…僕は…どんなせいらさんでも素敵だと思います。」


綺麗な横顔だった。


深く傷ついたことも、人を傷つけたこともないような、無垢な人だ。



「ありがとう…」


「僕もときどき、お弁当買いに行っていいですか」


「もちろん!待ってるね」


私に手を振って店を去る倉田くんの頬は、お酒のせいでほんのり赤らんでいた。




「シンちゃんが新しい子つれてくるってね、昨日電話してきたのよ」


ある火曜日の朝、セツ子さんが言った。


私がこの”かどや”でバイトを始める前、別のおばちゃんがパートに来ていたと聞いた。


ここ半年以上はセツ子さんと私の2人で店を回してきたけれど、お昼のピーク時は毎日てんてこ舞いだ。


週4の約束だったのがいつの間にか週5の出勤になっていた。


「そ…うなんですか」

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