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🌹密会🌹

第1章 🌹April🌹


冷笑混じりに耳元で囁いた日比谷教頭の言葉に私は愕然とした。選択肢の無い選択を突きつけられたも同然だったからだ。


「...はい...」


「良い子だ。物分かりが良くて助かる。早速だが、私の携帯番号だ。登録しておけ。」

「はい。」

「私からの電話には1コールで出るように。以上。」

「...はい...」

それで用は済んだのか、ショックで立ち尽くしている私を残し、日比谷教頭は足早に立ち去っていった。

彼の姿が見えなくなったのを確認すると、私はその場にしゃがみ込んだ。

堅物で他者にも厳しい指導者だが、遅くまで残業していた私にコーヒーを奢ったり、労いの言葉をかけてもらった記憶がある為、余計にショックだった。
彼は優しいどころか、平気で他人を脅迫する事が出来る血も涙もない人間で、その上、その彼に今後良いように利用されてしまう自分の未来を考えると泣きたくもなった。

憂鬱な気分だが、手の中でクシャクシャになった小さなメモ用紙を広げると、そこに書かれた電話番号をアドレス張に登録する作業を手早く行った。

恋人ましてや友人ですらない、ただ同じ職場で働いてるだけで、それでいて私の弱みを握った男の電話番号をぼんやりと眺めながら、このまま連絡が来なければいいのにと願った。

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