
副業は魔法少女ッ!
第8章 正義の味方のいないご時世
「電話番や書類整理なら、出来るよ……ブランクあるけど、一応、事務だし──…ぅくっ」
胸に何かが迫り上がった。
動悸に急かされるようにして、ゆいかは口を押さえたまま、化粧室に駆け込む。洗面台の蛇口を一気に捻って、喉元にこらえていたものを吐き出すと、一瞬だけ楽になる。
目を開けられない。しょっちゅう鉄錆の匂いがするし、今も血の味が舌に残った。
最後に診察を受けた時、ゆいかは、入院か自宅療養を選ばせられた。投薬で命を縮める可能性も聞かされて、それきり通院をやめた。最近は、水を飲んでも咳をしても、すぐ吐く。ただでさえ落ちた食欲に鞭打って、食べ物を喉に通しているのに、常に力が入らない。
自分が何をしたのだろう。
水道音に安心して泣きながら、ゆいかは思う。二年前の自分なら、存在しない神を呪っていた。
寝室に戻ると、眉を下げた明珠と目が合った。
「ごめん」
「私の方こそ。……なんか、せっかくの旅行なのに」
「そんなことないよ。連れてきてくれて嬉しかった。あまり一緒にいられないのは寂しいけど、……」
有給はとっくに消化しきった。それでも社長の権限だと言って、明珠はゆいかを解雇しないで、いつまでも休みをとらせている。田中達もだ。ルシナメローゼの一件を、未だ気にしている彼女達は、あの時の罪滅ぼしだと言って、ゆいかの席を空けている。
明珠の夢が叶ったここで、いつまで旅を続けるのだろう。
「私、明日は休むわ」
「仕事、皺寄せになるよ」
「恋人らしい時間が欲しいんだ。一緒にいてよ」
「…………」
