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雨の降る夜は傍にいて…

第5章 秋冷え…

 1 贅沢な悩み

「おはようございまぁす、寒いですねぇ」
 事務員の彩ちゃんが出勤してきた。

「おはよう彩ちゃん、そうよねぇ寒いわよねぇ、エアコン暖房にしてあるからさ」
 季節は秋、10月半ばとなり、すっかり朝晩が冷え込む様になっていた。
 そしてここ最近は連日の雨模様で更に日中まで寒いのである。

「あらぁ、そのバッグは…」
 わたしは彩ちゃんのバッグに目がいく。

「じゃーん、昨日、まーくんに買ってもらいましたぁ」
 そう言いながら、某ブランドのバッグを見せてきた。

「あっ、それ、この前欲しいって云ってたやつじゃん」
「はぁい、その通りでぇす」
 どうやら昨日の日曜日に買ってもらったらしい。

「それ高いのよねぇ」
「はい、高いですぅ…」
 彩ちゃんはシレっと云ってくる。
 彼女はうちの取引先の運送業者の専務と先月から順調にお付き合いを続けており、そしてしっかりと貢がせていた。

 さすが彩ちゃんだわ…

「昨日、銀座の直営店で買ってもらっちゃいましたぁ」
 幸せそうだ。

 彩ちゃん曰く…
 幸せはお金である。
 ときめきも貢ぎ物で変わるそうだ。

「社長もぉ、中々ぁ、順調じゃあないですかぁ…」
 そうなのだ、わたしも先月、偶然の、いや奇跡の、いや、必然な流れからの元彼、大塚浩司という男との再会から、復縁したのであった。
 彩ちゃんはそれを云ってきたのである。

「うん、まあまあかな…」
 
「嘘ですよぉ、まあまあじゃくてぇ、順調そのものじゃないですかぁ…」

「う、うん、ま、まあね…」

 実は9月の末から10月半ばにかけて、遥か南の太平洋上に台風が連日の様に、13号から21号までと発生していたのだ。
 そして日本列島に上陸する等の被害は無かったのであるが、わたしはその低気圧のせいとこの秋冷えのせいで連日の様に不安定な疼きに苛まされ、すっかり彼、浩司に甘えていたのである。

 そのせいで彩ちゃんからみたら、余計に順調に感じられるのだ。
 そして事実、別に何も問題が起きたりはしていないのだから、順調そのものといえる筈なのである。

 だけど、何か、なんとなくほんの僅かだが心に引っ掛かりがあり、昔のような昂ぶりが感じられないのであったのだ。

「贅沢なぁ、悩みですよぉ…」

 彩ちゃんはそう云ってくる。

 確かに、贅沢な悩みなのかもしれない…



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