I‘m yours forever
第4章 美月は何も知らなかった 前編
「お....つかれ様です....。」
動揺してぎこちない言葉となってしまった私は思わず彼から顔を背けた。
彼は率先して三原先生を介抱してくれた。
もっと感謝するべきだ。
ありがとうって言わなければ。
でも今、口を開いたら、
絶対違う言葉が出てきそうで嫌だ。
嫉妬心が邪魔をしていつまで経っても喉に張りついたまま出てきそうにない事を悟った私は、諦めて口を閉ざした。
エンジンが掛かり、ドビュッシー「月の光」が車内に流れる。
ゆっくりと発車した彼のベンツは、深夜交通量の少なくなった道路を走り抜けていく。
彼からの視線を何度か感じたが、帰路に着くまでの間、彼から口を開く事は無かった。
ただ点滅信号へと切り替わった黄色信号機の前、車のスピードを落としながら、彼は一度、私の握り拳に触れる。
ついスカートの上で固く握りしめてしまったものだ。
私の手を覆い隠すようにそっと触れてきた彼の手は去る間際、名残惜しそうに水かきと指の間接部分をなぞり上げると、ハンドルへと戻っていった。