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老人ホーム

第6章 独り立ち

あれから半月が過ぎ、僕が働きだして2か月がたった。何日か前から完全に一人勤務になり、田中に着いて働くこともなくなった。

看護師の本田恵子とも、車の一件以来あまり同じ時間帯の勤務にならずすれ違いで挨拶をする程度の接触しかなかった。

僕は未だに、利用者全員の名前も覚えておらず、要領よく仕事も出来ずにテンパる毎日だった。

今日は、また一人で別館を担当するシフトだった。今日の別館の早出担当は、班長の田中綾乃で、田中は、朝の排泄介助が終わった後、僕が別館に行くと、申し送りをしてくれた。

「特には変わったことはなかったけど、歩く利用者さんもいるから、転ばないように見守りの注意が必要よ!あと、今日は、こちらの別館の看護師さんの担当は、本田さんだけど、大丈夫?」

と言った。僕は、

「そうですね〜。うーん、たぶん大丈夫ですよ。」

と言うと、田中は、笑ったあと、

「頑張ってね!色んな意味で!」

と言って、別館を出て行った。

時間は午前10時ちょっと過ぎ、お茶の時間で、別館の利用者さんは、それぞれ好き好きにやっているので、ベッドに寝たきりの人以外は、お手伝いすることもなく、のんびり過ごしていた。

別館は、排泄介助は一人で大変だが、お茶の時間は比較的余裕がある。

そこへ、本田がナースの台車を押して入ってきた。

「こんにちは~!」

広間に集まる利用者さんに笑顔で挨拶した。そして、僕に、

「平林君、今時間ある?処置するのでちょっと手伝ってほしいんだけど…。」

と言った。僕は、その話し方に、今までとは違う本田の雰囲気を感じた。いつもは、『です、ます』調で、僕の呼び方も『平林さん』とさん付けで呼んでいたのに、普通の話し言葉で、君付けで呼んでいる。しかも、今までのキツイ感じの言い方ではない。

僕は、

「わかりました。」

と言ったが、その時いつもの癖で、陰部を触ってしまっていた。本田に、またキツく言われると思い身構えると、

「あらあら、また…。う〜ん、痒いのかな?ちょっと後で相談に乗るわ!先に処置手伝って!」

と、正直ビビっていたのに、なんか拍子抜けする本田の言葉だった。

僕は、車の一件は、仕事には関係ないと思っていたし、あれくらいで本田の僕に対する対応が変わるとは思っていなかった。でも、やっぱり車の一件が影響しているのかな?と思った。

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