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孤高の帝王は純粋無垢な少女を愛し、どこまでも優しく穢す

第42章 花芽・1

=Reika=

翌年の春。

子供たちの入学が無事決まり、手続きや学用品の準備などに追われ、やっとめどが立った私は、腑抜けたように脱力していた。

ほっとした想いと同時に、子供たちが新しい環境に飛び込んで日々成長していくのを見届けながら、嬉しい反面、置いて行かれるような寂しい思いが背中合わせに起こった。

そんなときにふと思い出すのは、浅木さんのことだった。


そのころの私は、思うように体が動かないことが増えていた。

子供の受験は、親も神経をすり減らすものだ。

子供たちの順調な学校生活のスタートを見届けると同時にこれまでの緊張が一気に解けたのだと思い、どっど押し寄せるような疲労感を、ごまかしながら日々を過ごしていた。

けれど、倦怠感は日に日に増すばかりで、夜の睡眠時間を増やしても眠りは浅く、一向に疲れが取れなかった。



ある土曜日。

彩は部活へ、耀は新しい友人と朝から遊びに出かけて行った。遥人さんは接待ゴルフと言って早朝から出かけていた。

私は一人で部屋の掃除を済ませ、ベランダの花に水をやっていた。

子供たちが手から離れ、持て余した私はささやかなベランダガーデニングを始めたのだった。

春のうららかな日差しを浴びて揺れる花は可憐で、私の胸の奥の慈しむ思いを静かに満たしてくれる。

彩が小学校の下級生から譲り受けたチューリップの球根を冬に植えたのが、力強く土を突き破って芽を伸ばして、ピンクの花びらを開かせたときは、かすかな感動を覚えたものだ。

チューリップの時期はもうすぐ終わるけど、新しい花がそこかしこに芽吹いている。



ペチュニアの花がらを摘み取りながら、ふとベランダの下の道路を見下ろすと、見覚えのある紺のBMWがマンションの前に停まったところだった。

運転席のドアが開き、白のトップスとベージュのパンツ姿の男性が降り立った。閉じたフロントドアに寄りかかり、携帯電話を取りだす。

リビングの固定電話のベルが鳴ったので、ベランダのサンダルを脱いで駆け寄った。

受話器の向こうから聞こえる、深く柔らかな彼の声に、既に懐かしさすら感じた。

「浅木さん…お元気だった?」

「はい。…奥様、ゆっくりお話ししたいのですが、お時間をいただけませんか」

コードレスの受話器を耳に押し当てたまま再びベランダに出た。

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