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雪女

第3章  夏休み

 僕はあのとき、どこをどうすれば彼女を助けることができたのだろう。

 あまりにも無力な僕は脱いだワイシャツで、圧迫止血とその少女の顔を拭くことしかできなかった。

 病院で少女の両親を見つけて彼女の言葉を伝えた。

 それから、他の怪我人をバスから出すために、自分が動けなくなる最後まで車内に残っていたことも。

 泣き崩れる二人の大人を支えるだけの言葉を持たない僕は、彼女の血が付いたワイシャツを尊いもののように再び着て、フラフラと自転車を押して学校に行った。

「あの少女が君だったんだね。顔が違って見えたからわからなかった。会えて嬉しいよ」

「伝えたいことがあるの」

 雪乃が言う。

「あのバスのシャーシはね、国交改善のために外国で作ったものを輸入して日本のメーカーがボディを乗せたの。ブレーキが欠陥だった。今度、あなたの学校が買う遠征用のバスも、ビルダーは違うけど、こっそり同じシャーシを使うみたいなの。父さん達が調査を始めたけど間に合わないかもしれない。それをあなたに伝えたかった」
 
 僕は伯父から聞いた、松園の雪女の話しを思い出した。

 自分は雪中で死んで、魂になっても雪女に姿を変えて想う人を助ける、浄瑠璃の一場面の絵。

 あられの美しさは、雪乃の精神の美しさと共に存在していたからなのだと思う。

「あと一つ。あなたは私と約束したわ。私と付き合ってくれるって」

 確かにあの混乱の最中に僕達は付き合うと約束した。

「いいよ」

 これが霊に取り憑かれるということであっても、僕は喜んでふたりとつきあう。そしてあられと共に、雪乃の冥福を祈ろうと思った。

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