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雪女

第3章  夏休み

 忘れるわけがない。
 僕は中学3年で、丁度自転車で通りかかったところだった。

 もの凄い音がしてバスが横倒しになった。僕はバスに飛び乗り、下から押し上げられてくる学生を次々に窓から引き上げた。最後に残った女子学生が人を押し上げていたせいで、自分は動くこともできなくなっていた。

「それが私、雪乃。あられは最後の一人で私を立ち上がらせようとした。でも私は限界だったので、『私の肩に乗ってあなたが出て、誰かを呼んで来て』そう言ってあられを外に出した」

「僕は最後の子を引き上げて中を見るともう一人血まみれのこが横たわっていた。僕は窓から車内に入り、動けない彼女をその場に寝かせた。シャツを脱ぎそれで傷の上から圧迫した。でも軽油の匂いがしたので女子学生を背負い、非常口の扉を蹴飛ばして開け、外に出た」

 アスファルトに寝かせたその女子学生は、「血が出すぎたし、もう駄目ね。折れた骨が心臓かどこかを傷つけたみたい」と言い、「死にたくない」と、泣きながら「お願いがあるの」と僕の手を握った。

「朝出て来るときに両親と喧嘩をしたの。私を姫女の偏差値を上げるために利用しようとしていたから……。そのことも、先に死ぬことも謝っていたと伝えて。それから、パパとママの子供で幸せでしたと。もう一度パパとママの子で生まれてくるからって。私を産んでくださいって……」

「嫌だ。謝るのも、ありがとうも自分で言え」

 僕は始めて目の前で人の命が失われていく場面に出会った。

 突然現れた永遠の別れが切なくて涙が止まらなくなった。

「頑張れ。静かにしていれば出血も少なくなる。ほら救急車のサイレンが聞こえてきただろ。意識を途絶えさせるな。もうすぐだから」

「あなたの名前を聞かせて」

「僕は、かみのみや、なると」

「なると君。もしよかったら今からでも彼になってくれないかな。恋もしないまま往くのは淋しい」

「わかった。喜んで付き合うから頑張って。往かないで」

 夢中で短いキスをした。

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