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秒針と時針のように

第3章 最初の事件

「離れろ……」
 ぐいっと腕を引いて身を反転させると、鼻が当たりそうなほど近くに二人が顔を見合わせた。
 三センチほどで唇が当たりそうなほど。
 忍が静止する。
「あっ、ごめん。てか忍瞳孔開いてんだけど」
 セミが鳴いている。
 風が吹いている。
 拓は顔の前で手を振った。
「おーい、忍」
 今度は肩を掴んでガクガクと振る。
 結んでいない黒髪が揺れる。
「し、し、忍ちゃん?」
「誰が忍ちゃんだ、てめぇ」
「あ、やっと反応した」
 ばっと髪を整えて、忍が顔を上げる。
 いつもの冷静な目になり、周りを見回した。
「駅はどっちだ」
「あっちだって、忍大丈夫?」
「大丈夫だから触んな」
 そう言いながらあさっての方向に歩き始める忍を急いで引き止める。
 結局電車に乗っても忍は上の空だった。

 ホテルの最寄駅に着いてから二人で遅めの昼食を食べにバーガー屋に入った。
 フィッシュバーガー二つとポテトのメガサイズを頼んだ。
 セルフのソースを取ってくると、忍がカメラを眺めていた。
「昨日からでなんで百枚超えてんだよ」
「ってオレのカメラじゃん。勝手に見てんのー?」
 画面の中にはほとんど忍が写っている。
「盗撮ばっかじゃねえか」
「忍カメラ向けたら顔逸らすもん」
 まともに顔が写っているのは拓が自撮りを担当したツーショットと、寝顔くらいだ。
 削除ボタンを押そうとしているその手から急いで取り上げる。
「消すなよっ!」
「趣味わりーな。大体てめぇのが先に寝てただろ。いつ撮ったんだよ」
「オレ、昨夜結城に起こされたんだよ」
「水戸結城? あいつ彼女の部屋に行ってたんだろ」
「せんせに見つかったって」
「ばかだ」
「なあ?」
 二人で笑いながらポテトを摘む。
 さっきまでの気の無さが嘘のようだ。
 忍は土産用に買った扇子を取り出し、無邪気に扇いでいる。
 徐にパチンとそれを閉じて、静かに微笑んだ。
「な、なに?」
「いや。拓って本当に変わんねえなあって」

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