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秒針と時針のように

第3章 最初の事件

 中に誰もいないことを確認してから静かに脱衣所に入る。
 一般客は七時までに済ませるだろうし、教員は部屋に備え付けがあったんだった。
 それでも念には念を、だ。
 クラスのみんなが使ったであろう跡は悲惨なものだった。
 そこら中に毛は飛び散り、床は濡れ、鏡は汚れている。
 一番綺麗なロッカーに服を詰め、浴場の扉を開けた。
「やべえ……」
 忍が目をキラキラさせて誰もいない空間を見渡す。
 オレを振り返ってニヤリと笑んだ。
「貸切だぞ、拓」
 なにがそんなに嬉しいのか。
 オレもつられて笑う。
 注がれ続ける湯の音。
 白い煙。
 少しぬめった床。
 オレにとっては何も特別じゃない。
 でも、忍と二人ってのは嬉しかった。
 オレも煩いのは好きじゃない。
 並んだシャワーの前に座り、体を洗う。
 水を含んだ黒髪に隠れた忍の横顔はまさしく女だった。
 シャンプーを泡立てて、目を瞑って洗う仕草も。
 水を切るように絞る仕草も。
「……目に泡入んぞ。なに見てんだよ」
「あ、いや。忍ってにきびとかなくて羨ましいなって」
「拓も肌綺麗だろ」
「そ、そうか?」
 誤魔化しはバレてないだろうか。
 やけにドキドキしながらリンスを容器から出す。

 石鹸を体に沿わせるときはやはり目を背けてしまう。
 中学に入ってからは思春期の男子の話題はモノの大きさを避けては通れない。
 昨日散々リーダー格の男に馬鹿にされたのもあって、まともに忍の方が見れなかった。
 父にも教わったし、毛も生えてくるのだって驚くことじゃない。
 女が胸の大きさを気にするのと同じようなものだ。
 そう考えても、オレはその関係の話題が何故か嫌だった。
 なんか、むずむずする。
「先入るな」
 そう言って湯船に向かう忍の後ろ姿も意識してしまう。
 だが、やはり忍だけはほかの男子と違って見えた。
 女性的だ。
 姉の背中よりも、か弱く見える。
 こんなこと言ったら殺されそうだけど。
 どっちにも。
「あー、あったけー」
 ふっと顔が緩む。
 普段はあまり聞けない声色だったから。
「ねみー……」
「寝んなよ! 忍」

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