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秒針と時針のように

第5章 一周してわかること

 ばくん、と大きくかぶりついてから無言で噛む。
 飲み込むまで待って感想を訊いた。
 忍は目をキョロキョロさせながら言った。
「なんつうか……なんだ。エセまんじゅうっつうか……よくわかんね」
 屋台の中で男がカラカラ笑った。
 大抵の県外人がこういう反応するとわかっていたんだろう。
 忍に渡されてオレもかぶりつく。
「ん?」
「な? そうなるだろ」
「美味いは美味いんだがな」
 腑に落ちないまま饅頭を食べ終えて道の駅を後にした。

 信号のない田舎道を過ぎ、ひたすら山道を走ること三時間。
 日が沈みかかってきたころにオレ達は目的地に着いた。
「温泉街! 温泉街だぞ拓! すっげ、湯気出てる」
 近くの駐車場の端に自転車を置いて、オレ達は石畳に足を踏み入れた。
 母さんと昔行った箱根とはまた違う香りがする。
 白い息を吐きながら二人でまずは土産店の並びを物色する。
 だが、忍は見たことない工芸品よりも道端に設置された足湯のほうが気になるらしい。
「拓、あれ試そうぜ」
「家族連れしかいねえじゃん」
「絶対気持ちいいって!」
「お前……そういうことを大声で言っちゃダメ」
 酷使した足を癒すという名目を掲げられ、少し場違い感を感じつつも靴を抜いで足湯に入った。
 同時に息を漏らす。
「なにこれ……すげえ」
「温度がまたな、うわ気持ちいい」
 パチャパチャと足を動かしてみる。
 それを阻止するように忍が足を乗っけてきた。
 水面が波立つ。
 つーっと触れてから忍が足を離す。
 そこに何の意図があるかはわからない。
 けれど、オレは妙に心拍が早くなった。
「はー。早く温泉入りたいな」
「……そ、うだな」
「さて、ガイド。案内頼むぞ」
 バチャリと湯から足を引き出す。
 タオルで拭う仕草一つ目を離せなかった。
「この時期はどこもいっぱいだから、この山奥の……」
 そうして賑やかな温泉街からは離れた宿を地図で指差すと、忍は少し眉をしかめた。
「温泉ある?」
「あるって! どんだけ楽しみなんだよっ」
「別に普通だろうがっ。草津に来てまで浴場なんてやだからな」
「欲情?」
「発音が違えよ」
 途中で温泉まんじゅうを買い「やっぱこれが饅頭だよな」とつぶやきながら歩く。
 目的地は徒歩三十分ほどの場所らしい。

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