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秒針と時針のように

第5章 一周してわかること

 荷物をまとめてから部屋に備えられたパンフを読む。
「ここ露天風呂とか合わせ風呂とか色々あるんだって」
「おいっ。それよりこっち来い! 拓っ」
 落ち着く間もなく部屋を散策していた忍が叫ぶ。
「なに?」
「すげえぞっ! 温泉が付いてるぞこの部屋っ。貸切だ貸切! しかも結構広い」
 きゃっきゃとはしゃぐ子供みたいだ。
 そう言ったら殴られそうだけど。
「すげえな」
「拓っ。入ろう!」
「もう!?」
 確かに長旅で汗を流したいけれど、まだ六時だ。
 日は暮れているが、オレはやりたいことがあったのだ。
 けれど脱衣所に向かう忍は止められそうにない。
 持ってきたリュックを一瞥して、オレも用意をした。
「さっむ!」
 裸で出た外は勿論凍てつく寒さで、二人とも争うように湯に浸かった。
 首まで沈めて熱を味わう。
「あったけー……温泉ってもっと熱いイメージだったけど」
「あの湯が出てるとこ行けば熱いんじゃねえの」
 すると忍が何か思いついたように口の端を持ち上げてから、オレの背中を思い切り押した。
「あっつ!」
「おおー。やっぱ熱いんだ」
「お、っまえ! これはやっちゃダメな奴だぞ」
「はははっ」
 バシャバシャと湯を掻き分けて忍のもとに近づき、その細い腕を掴んで引き寄せる。
「ちょっ」
「お前も味わえ。温泉好きなんだろ?」
 ぐいっと引いた勢いで二人とも倒れるようにもつれた。
 数秒頭まで水中に浸かった。
 鼻から泡とともに空気が抜けていく。
 湯の中で見た忍は髪を舞わせて目を瞑り唇をぎゅっと結んで、女将の言った通り、女にしか見えなかった。
「ぶはっ。あっづ! っざけんな」
 勢いよく湯から出たせいで濡れた髪が体に張り付いた忍が頭を振りながら怒鳴る。
 それでもオレはまだ腕を離していないから逃げれない。
 ぬめつく石を蹴るもまったく効果なく、忍は悔しそうにオレを睨んだ。
「……離せ」
「すぐ慣れるって」
「俺全身猫舌なんだよ……まじでヤバいから離せ」
 段々火照る忍の息が荒くなっている。
 掴んだ腕が小刻みに震えている。
 白い湯気が二人の周りでうねっている。
 ああ、また。
 非現実的なこの感覚。
「おい……拓」
 忍が辛そうに俯いて息をする。
「離せって……っ、熱いの……やだ」
 それがあまりに弱弱しかったから。


 オレはもっといじめたくなった。

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