どこまでも玩具
第8章 任された事件
手をすり合わせて道の先を見る。
寒い。
俺は携帯で時間を確認した。
まだか。
八時。
かれこれ二時間待っている。
「早くしろよ……」
「なにしてんの?」
「うっわぁあ」
肩に置かれた手が逃げるのを留める。
「類沢、先生?」
「こんな時間に……」
類沢は煙草をもみ消す。
「……僕の家の前で」
そうだ。
一昨日、学校に自力で行ってから道を覚えた。
そのために、あの日は朝五時に家を出た。
お陰で夜でも辿り着けた。
「少し、伝えたいことがあって」
「入りなよ」
俺は開いた扉を見つめた。
コーヒーが二杯。
時計が鳴ってる。
類沢は背広のまま、ネクタイだけを外して向かいに座る。
俺はキュッと拳を握って腿に押し付けていた。
なんて、言おう。
今日聞いたこと。
昨日見たこと。
コトン。
類沢がカップを置く。
「どうしたの?」
息を吸う。
「あの、お礼を云いに……っ」
「お礼?」
そのまま勢いをつける。
「休んでた時とかっ……屋上で助けて貰ったときとか、その、色々、ありがとう……ございました」
言えた。
言えるんだ。
俺は深呼吸をする。
「ん。どう致しまして」
類沢は優しい顔をして、頷いた。
満足そうに。
「先生はっ」
俺は迷って言葉を切る。
沈黙。
乗り出した身を戻す。
「……先生は、なんなんですか」
「教師だよ」
「じゃなくて……」
カップを両手で包む。
温かい。
「瑞希、前に云ったよね。一瞬でも優しいと思った俺が馬鹿だったって」
「あれはっ」
「僕は優しくないよ?」
類沢は試すように上目遣いで見つめてくる。
嘘だ。
優しくないなら、あんなことはしない。
本当に?
ただ、利用されてるだけかもよ。
違う。
でも確信はない。
類沢の読み通りに悩む自分が嫌になる。
息が難しい。
なんで、緊張してるんだろう。
静かだ。
「だったら……」
訊いて良いのだろうか。
俺は震える手を押さえつける。
あぁ、どうしよう。
どんな答えを期待しているんだろう。
類沢を見ると瞳が合った。
蒼い瞳は何を隠しているんだろう。
呑まれてはいけない。
前に進まなきゃ。
「なんで助けたんですか?」
さぁ、先生。
なんて、答える?