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どこまでも玩具

第8章 任された事件

 類沢は暫く黙って、それから立ち上がった。
 俺の肩を掴むと、強引に寝室に連れて行く。
 転ばぬようにするだけで精一杯だ。
 彼の表情は見えない。
 気づけばベッドに組み敷かれていた。
 あっと言う間に。
「なんで?」
 失笑を含んだ問い。
「簡単なことだよ」
 腕を押さえられ、脚も踏みつけられている。
 動けない。
 なのに、震えがない。
 俺はただ、呆然と類沢を見上げた。
 低い嗤いが部屋に響く。
 何度か聞いた声。
「他人に奪われるのが嫌だったから」
 そう告げる唇。
 髪を梳く手。
 俺の眼の奥を覗き込む瞳。
 ギシリ。
 俺は自由な方の脚を曲げた。
 そうしただけで、少し体勢が有利に傾いた気がする。
 それも、類沢に首筋を触れられるだけで無と化す。
「なら俺は……先生のモノなんですか?」
 声が弱い。
 またフラッシュバックがチラつく。
―これ体罰だからさ―
 ギリ。
 歯を食いしばって耐える。
 どうせ逃げられない。
 この人に一度捕まってしまえば。
 涙も押し返す。
「そうだよ。瑞希は大切な――」
 生唾を飲み込む。
 怖い。
 この間聞き取れなかった言葉の先。
 聞いてはいけない気がする。
 でも、進むんだ。
 類沢はフッと笑って唇を重ねる。
 答えを焦らす長いキス。
 舌を甘噛みされ、吸われる。
 唾液は頬を伝い枕を濡らす。
 あれ。
 妙な違和感。
 類沢にされるのが、ひどく久しぶりな感覚がする。
「……ん、ふッッ」
 寝ているせいか息が上手く吸えない。
 すぐに頭がぼーっとしてきた。
 無理やりされているのか。
 望んでしているのか。
 それすらわからなくなる。
 上唇を舐めながら類沢が顔を上げる。
「巧くなってない?」
 笑わずに云われると責められているようだ。
「誰かにテクでも教わった?」
「そんなわけっ」
「否定するんだ」
 ゾワリ。
 彼の目が鋭くなる。
 何も言えなくなってしまう。
 濡れた唇を撫でられる。
「雛谷のキスに似てるんだよね」
 怒りを含んだ語気。
 俺は無意識に怯えていた。
 雛谷の言葉が本当だったという事実なんてどうでもいい。
「誰のものにもなるなよ」
 首が動かない。
 耳も塞げない。

「瑞希は」

「大事な」

「オモチャなんだから」

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