テキストサイズ

どこまでも玩具

第10章 晴らされた執念

 車を降り、人気がないか確認する。
 それから家を見上げた。
 さっき感じた不穏な空気が少しだけ和らいでいる。
 類沢は門を開けて中に入った。
 小さな庭がある。
 芝生といくつかの鉢。
 パンジーが咲いている。
 紫だ。
 とても、あの男が住んでいた場所とは思えない。
 平凡で、幸せな家族。
 その方が相応しい。
 ジャリ。
 玄関はアスファルト。
 ドアに手をかける。
 金属音と共に開いた。
「……失礼」
 ドアに半身もたれ、足でストッパーを払う。
 芝生に転がっていった。
 これを閉めれば、もう開くことはないだろう。
 紅乃木家の誰か以外は。
 だが、類沢は中に入った。
 何かに誘われて。
 それは、なんだったのだろう。
 自分と似た気。
 もしくは、その先の結末。
 わからない。
 靴を脱ぎ、冷たい床を踏む。
 二階に上がり、哲が閉じこめられていた部屋の前に立つ。
 割れた窓から冷気が吹き込む。
 修理費は誰が持つのかな。
 そんなことをぼんやり考えながら、部屋の中央に進む。
 乱れたベッド。
 転がる鎖。
 裂かれた服。
 耳なりがする。
 類沢は頭を押さえた。
 ズキズキと痛みが脳を貫く。
 見るんだ。
 見なきゃいけない。
 あの男の行為を。
 その末路を。
 同じ道を行くのか、決めるため。
 違う道を選ぶ決意をするため。
―僕だけの玩具にしてあげたい―
 確かに、そう言った唇を撫でる。
―それを邪魔する奴は消してあげる―
 同じだ。
 全く同じじゃないか。
 一つだけ、僕はやっていないことをあの男はしていた。

 愛している。

 そう、伝えること。
 部屋から出て、隣の部屋に入る。
 無機質な書斎。
 机の上、本棚の隣に写真立てが並んでいる。
 三人の写真。
 紅乃木一家。
 その横の写真に目眩がした。
 盗撮だろうか。
 瑞希が写っている。
 夕方の公園。
 哲と二人。
 もしかしたら……
 恐ろしい考えが沸く。
 もしかしたら、このまま哲を助けに来なければ、哲が瑞希にだけ助けを求めていたならば……
 持ち上げた写真を見つめる。
 瑞希が犠牲になったかもしれない。
 僕が、何の躊躇いもなく金原圭吾を傷つけたように。
 一階に降りる。
 リビングの奥の部屋に、ロープやスタンガンの入った箱があった。
 その残像を思いながら、車を発進させた。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ