どこまでも玩具
第5章 明かされた記憶
違う。
違う。
紅乃木はわなわなと震える。
「カウンセリング受けてあげようか」
嫌な冗談だ。
「黙れば」
金原も怒りを含ませて言い返す。
「だってさ」
類沢は可笑しそうに笑った。
口に手を当てながら続ける。
「おかしくない? いくら友人が傷つけられたって、相手を殺すまでの憎悪に発展するかなあ?」
「するに決まってんだろ!」
「お前みたいな直情タイプならそうだろうね」
あしらわれた金原が唇を噛む。
有紗は状況についていけていない。
だが、元彼の見たことのない形相に、声を出すことも憚れた。
「吐き出したら楽になるよ?」
打って変わった優しい口調が耳を撫でる。
怖い男だ。
紅乃木は返事をせずにナイフを拾う。
「まあ、昔男に襲われたとかだろうけどね」
それから類沢の首を睨みつける。
「可哀想だね紅乃木哲。とか、誰かに言って欲しいだけなら、適当に理由つけたりせずに無差別殺人でもすればいいんじゃないの」
「五月蝿いんだよ!!」
突き出したナイフをかわされ、手首に打ち付けられた肘の重量に、手の力が抜けた。
カシン。
奪われたナイフがしまわれる。
ただ、一瞬のことだった。
「……自惚れるなよ」
余りに冷たい響きの声に、背中に悪寒が走る。
「殺人犯て言葉が自分に課せられる訳ないとか思ってたら勘違い甚だしいよね」
保健室が暗くなる。
太陽が厚い雲に隠れたようだ。
有紗は窓を見つめて、何故か全身に冷気が駆け抜けた。
雲行きが怪しい空に。
「ならあんたはレイプ魔だな……類沢せんせ?」
「別に構わないよ。わざわざ二人きりになりたがったのが悪いんだから」
ギリ。
捻られた腕が軋む。
痛みを堪えるので精一杯だ。
耳元に類沢が顔を近づけて囁く。
「お前も危なかったね」
勢い良く後ろに飛び出し、なんとか距離をとる。
金原がそばに来て、並んだ。
「オレらが警察にタレこめば簡単に退職にさせられるぜ、先生」
類沢は無言で生徒を見つめる。
「それが困るなら」
「私と付き合ってよ」
空気が止まる。
間から前に進み出た有紗に全員の視線が注がれる。
意表を衝かれた。
この言葉こそ相応しい。
「な……に言って」
「退けよ。殺すぞ」
紅乃木の脅しも無視し、有紗はまた一歩進む。
「付き合ってよ!」