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あの店に彼がいるそうです

第9章 俺は戦力外ですか

「昨日僕に宣戦布告したばかりじゃないの?」
 挑発するように、この重い空気を吹き消すように明るい口調で言って扉の向こうに消えた。
 閉まる音が心の奥まで響く。
 俺は今、何を訊いたんだろ。
 何を期待して訊いたんだろ。
 大体戦力になる訳ないのに。
 俺は八人集でも№でもない。
 ただの居候なのに。
 なにが我慢ならなかったんだろう。
 無言の扉を見つめて、ぎゅっと拳を握る。
 昨夜の愛の目を思い出した。
 あの気迫を。
 俺には到底追いつくことのできない強い意志で、類沢の背後を狙い続けるあの迫力を。
 ホント、馬鹿だ。
 ガチャン。
「……え?」
 開くはずのない扉が開いて、すぐに抱きしめられた。
 全部のもやもやを包み込むように。
「類沢さ……ん?」
「置いてけなくなるような顔して見送らないでくれる?」
 耳元で囁いた言葉は、簡単に不安を溶かしてくれた。
「俺、そんな顔……してましたか」
 すっと離れた類沢が優しく微笑む。
 さっきとは違う、余裕のある安心する笑み。
 それから一番言って欲しかった言葉をくれた。
「着替えてきなよ。一緒に行こう」
「……っ、はい!」

 車が走り出して二十分ほどした頃だろうか。
 六本目の煙草を取り出した類沢がミラー越しに俺を見て口を開いた。
「羽生兄弟と哲とは仲良くなったみたいだけど、客の紹介とかさせてもらってないの?」
「え? いえ、そういう話は全然……」
「まだ蓮花さんだけだよね」
「はい。早く他の指名もとらなきゃとは思ってるんですけど」
 ちょうど信号が赤に変わり、ブレーキを踏む。
 ハンドルに片腕を乗せて、類沢がまっすぐこちらを向いた。
「呼び込みも行ってる?」
「前に篠田さんにそれ申請したんですけど、まだ出迎えとヘルプしかつかせて貰えなくて」
「篠田が?」
 類沢の声色が変わった。
「へえ……そう?」
 ぞくりとした。
 何かを思いついた眼。
 いや、納得がいった眼の方が正しいか。
「蓮花さんにアフター誘われたことは?」
「まだないですけど……」
 前の栗鷹診療所でのあの誘いはノーカンだ。
 自分自身に言い聞かせる。
「なるほど、ね」
 七本目を咥えながら車を発信させる。
 充満する煙とは裏腹に、何かが晴れていくような顔をして。
「どうかしましたか」
「うん。どうかしてると思うよ、僕は」

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