テキストサイズ

あの店に彼がいるそうです

第9章 俺は戦力外ですか

 俺にはそれがなんの話かわからなかった。
 多分、聞いたところで違う意味で理解できなかったかもしれない。

「瑞希は車で待ってて」
 ある一戸建て住宅の前で車を止めて、類沢は降りていった。
 随分と豪勢な住宅街だ。
 玄関に入る瞬間主が見えないかと期待したが、類沢はインターフォンで少しやりとりをすると自分で扉を開けて入っていった。
 ということは相当親密な関係の人物だ。
 ならば篠田しかいない。
 いや、我円とかもありうるのか。
 ガレージは閉じているから車も確認できない。
 部屋は全て遮光カーテンで全く中を見せてはくれない。
 本当はついて行きたかったが、流石にそこまでは一線を越える気がして出来なかった。
 シートにもたれて手首を回す。
 ふと、さっきの感触が蘇った。
 全身を包むように抱きしめられたあの感触を。
 かあっと熱くなる顔を手で覆う。
 どうしても連想せざるをえないあの日が浮かび、急いで心を無にしようとする。
「俺には河南がいる。俺には河南がいる……」
 呪文の如く繰り返し、最後にふーっと大きくため息を吐いた。
 いつまで揺れてんだろうか。
 俺の優柔不断な心は。
 携帯を取り出し、メール履歴から河南を探す。
 いつもならページを埋めているのに。
 随分過去まで遡った。
 今は六時半。
 まだ、起きてないかな。
 押しかけたボタンから指を離し、ネットに繋ぐ。
 ニュースなんて見ないから、たまにすることがないくらいは確認しようかと。
「駅前広場にて女子高生の遺体が発見される。被害者は四肢を切断され、時計台の中に閉じ込められており……うわ、都内だし」
 こういうことを犯す人間が、同じ国に、少なくとも半径百キロ以内に潜んでいる。
 その事実を誰も彼もが見ないふり。
 いつもそう感じるんだ。
 だからニュースはあまり見ない。
 自分の知らない現実から目を逸らせなくなる。
「人身売買の容疑で……」
 だから、知っていることとそれが結びついた時の恐怖は言い知れない。
「今日未明新宿歌舞伎町にて十年前の男児連続誘拐事件に関連があると思われる……これってまさか、類沢さんが言ってた秋倉って人の?」
 でも日付が合わない。
 じゃあ、違うグループが?
 同じ区内に?
 ありえるのか。
 ぐるぐる。
 急いで電源を切る。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ