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あの店に彼がいるそうです

第10章 最悪の褒め言葉です

 自分で口にした仮定が現実になる薄ら寒さ。
 俺は絶対予言師になんてなりたくないね。
 そう思うほど。
 ウソだろ。
 あの忍が?
 否定と衝撃がぐるぐる。
「わかりません、けど」
 鵜亥はあくまで優しい笑みを崩さなかった。
「人に聞かれては困る話です。車の中で話せませんか」
 一瞬類沢が入っていった家を振り返る。
 まだ、出てこない。
 拳を握る。
 俺はまた、類沢さんに意見の一つから頼ろうとしている。
 変わらなきゃって考えてるのに。
 唾を飲み下して足を踏み出した。
 開いたドアから後部座席に乗り込む。

「汐野、カルテ出して。あとタブレット立ち上げて」
 車に乗るや上司の口調になった鵜亥の空気に少しひるむ。
「出来てまっせ」
 助手席に座っていた関西訛りの男が資料を渡してくる。
 医療用語が斜めに書き連ねてあるよく見たことある紙。
 医者の手の中から滅多に受け取ることはないが。
 内容を読む前に疑問が浮かぶ。
「カルテの開示って、本人しか許されてないんじゃ……」
「特例やで。鵜亥はんは病院長と仲が深くてな」
「余計なことは言わなくていい」
 はいはい、とハンドルにもたれる汐野。
 この男……
 誰かに似ている。
 俺は記憶を手繰りながら文字に目を走らせた。
 けれど専門用語の羅列にしか思えない文面からは不穏な空気しか感じ取れない。
 俺はそれを読み解くことを諦め、病院名が確かにうちのアパートから一番近い大病院で忍や拓もそこを利用していたことなど裏付けを確認する。
「そこに書いてあることはこちらを見た方がわかりやすいでしょう」
 鵜亥からある画面を開いたタブレットを受け取る。
 大きく書かれた聞いたことのない症例。
「劇症……肝炎?」
 どこかで癌という最悪な予想があったからか心の窮屈さが少しだけ和らいだ気がした。
 だが、その症状を読み進めるうちに不安が渦のごとく深く深く心を占めていく。
「検査において黄疸が見られましてね、通常の肝炎なら治療によって治る傾向が強いのですが……今回も急性肝炎であったならと何度も精密検査をしました。しかし、劇症肝炎となってくると今後意識障害が現れ七割近くの方が死に至ってます」
「……は?」
 俺は喉の奥が乾いていく感覚がした。
 この男は、何を言ってるんだって。
 脳の許容量を上回ったのか五感すら鈍ってきた気がする。

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