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あの店に彼がいるそうです

第10章 最悪の褒め言葉です

「忍がこの、劇症肝炎とかにかかってるっていうんですか」
「先日セカンドオピニオンにも赴いたようですが、結果が出る前に初期症状が出始めていることを本人は自覚しています」
「忍が……」
 ああ、なんで。
 なんで忍はキャッスルにいるんだろう。
 シエラにいたなら、兆しがあっただろうに。
 俺はこの医者が書いた紙面でしか体に起きた以上を知りえないんだ。
―大丈夫に決まってんだろ。煙草もてめぇのが吸ってんじゃねえか―
―結果出るまでオレも禁煙禁酒だっての―
 あの会話が耳元で蘇る。
 拓にどうやって伝えるんだよ。
 忍の性格からしたら、たぶん……言わないだろう。
 ほかの誰に言ったとしても、拓にだけは。
 絶対に。
「早期治療が不可欠になってきますが、通常の肝炎と違って全身治療になってくるので治療費も莫大にかかるでしょう。厚生省の重病に規定されてますが援助が出ると言っても、数百から数千万かかった事例もあります」
 そこで俺は顔を上げた。
 話の流れが変わったから。
「数百……万?」
「おそらく今の忍さんには払えない額でしょう。投薬による延命治療のみであればともかく、原因を取り除く手術となるとやはり高額になりますから」
「けど……手術しないと、治んないんですよね」
「手術したから治るとも言い切れません。現にこの現代においてさえ治療を施した七割の方が亡くなられているのですから」
 なら、そんな淡々に言うなよ。
 医者だろ、あんた。
 そういいかえしたくなる。
 車のシート。
 ペットボトルホルダー。
 景色を反射するガラス窓。
 視線がその狭間を漂う。
「う、そですよね」
「認めたくない気持ちはお察ししますが」
「俺、いかなきゃ。あそこで待ち合わせをしているので」
 ドアに手をかけた俺の肩を鵜亥がつかんだ。
 細くて白い指は機械でできているかのように強力で加減がなかった。
 痛みに顔をゆがめた俺を真っ直ぐ見て鵜亥が言った。
「これを渡しておきます。お金の工面にどうしようもなくなったら連絡ください」
 白い四角い名刺。
 俺は力なくそれを指に挟み、逃げるように車を出た。

 いろんな感情に押しつぶされそうな若い背中を眺めて汐野はため息を吐いた。
「あれでええんか、鵜亥はん」
「なにがだ」
 営業口調の抜けた冷たい声。
「あれじゃあのぼん、ホストの上司に頼むんやないの」

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