テキストサイズ

あの店に彼がいるそうです

第10章 最悪の褒め言葉です

「瑞希、来てくれてありがとな……」
 俺は病院で力なく笑う拓に、同じくらいの弱さで微笑み返した。
 必死に涙を堪えている赤い目。
「オレ、どこに頭下げてでも絶対金手に入れて忍を助ける」
「ああ」
 それから鼻を啜って続ける。
「類沢さんは?」
 俺は白い廊下の向こうを指差した。
「悠さんと話してるみたい」
「そっか……」
 言った傍から類沢が戻ってきた。
 カツカツと足音が響く。
 俺と拓を一瞥して静かに告げた。
「病気の進行が異例の速さらしい。待機患者登録を申請して待っている余裕もないって」
「それって……」
「もうじき昏睡が見られる……それから手術は難しくなる。悠の知り合いに今当たってるけど脳死肝移植は手術の中でも最高難易度でね、すぐに医者が見つかるかも怪しい」
 拓が固まる。
 視線だけを泳がせて。
 その気持ちが苦しいくらい伝わってくる。
「ありがとう、ございます……色々手配してくださって。オレ一人じゃ、どうしようもなかったです」
 類沢は表情を変えなかった。
「礼は言わないで。まだ何も済んでないんだから」
 まだ何も……
 俺は何をしたら……
 ポケットの携帯を握りしめる。
「俺……ちょっと電話しなきゃいけないんで、行ってきます」
「瑞希?」
 二人の呼ぶ声を無視して病気から出る。
 早足のまま建物の陰に行き、壁にもたれた。
 息が切れている。
「はあ……あ、っくそ!」
 爪を立てて頭を押さえる。
 忍。
 昏睡?
 異例の速さ?
 ふざけんなよ。
「ふざけんな……ふざけんなっ」
 後ろ手に壁を殴る。
 ふーっ、ふーっと荒く深呼吸をして、俺は携帯を両手で持つと、ある番号に電話をかけた。
 出ろ。
 頼む。
 機械音が続く。
 ガチャッ。
「……もしもし?」
 唇が乾く。
 確か、車で聞いたあの声。
「俺……宮内瑞希っていいます。鵜亥さんは」
「あーっ。あんさんか、ちょっと待ってぇな。今鵜亥はん取引中やから」
「あ、はい」
 電話の向こうで汐野は口を歪めた。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ