テキストサイズ

あの店に彼がいるそうです

第11章 いくら積んでもあげない

 テーブルには二つカップに入った珈琲が並んでいる。
 湯気が上がっているってことは、ついさっき淹れられたのか。
 時間通り。
 本当俺緊張してるな。
「まずは忍様の件なのですが」
「はい」
 自然と背筋が伸びる。
 鵜亥は組んだ脚の上で手を交差して話始めた。
 アメリカの医師チームの経歴。
 肝炎においての手術の段取り。
 前傾気味で聞いてると喉が妙に渇く。
 一口啜った珈琲は、口内で穏やかに波打ち、喉に落ちてから深く芳醇な薫りを演出した。
 鼻に抜ける余韻が心地いい。
 俺みたいのでもわかるくらい良い品種なんだろうな。
 類沢が紅茶に拘るように、鵜亥にとってはプライドある珈琲なのかもしれない。
「少し話が逸れますが……瑞希様はシエラに入店して何年になるのですか」
「えっ……あ、まだ一ヶ月ちょっとなんです。最近入ったばかりで」
「確か忍様も入店して間もないようですね。どんな心変わりで入店したのですか」
 インタビューされているようだ。
 今度は苦味だけがせり上がってくる。
 俺は唾を飲み下してから答えた。
「実は、借金があるんです。シエラに」
「ほう」
「今回鵜亥さんに相談したのも、店には頼れなかったからなんです。だって既に借りがあるわけですから……恥ずかしい話ですけどね」
 実際断られたし。
 ふっと類沢がよぎる。
 その度に何故か悪い気がしてしまう。
「汐野」
 突然鵜亥が名前を呼ぶと、どこに控えていたのか汐野が書類を持って現れた。
 それを受け取って俺に意味ありげな視線を送る。
 ざわりとした。
 これから貴方を捕まえます。
 鬼ごっこの鬼がそう俺を指差して笑ったかのような、そんなざわめき。
「二千万です」
「……費用ですか」
「今回は異例の手術となります。公費が下りるのは入院費のみです。あとは術後の投薬も含まれます。レシピエント登録を省いての海外チームによるものですから派遣費等を込めてこのような内訳になっております」
 そういって資料を渡された。
 並んだ単語と数字。
 学生には馴染みのない世界だ。
 うう、予想はしてたけど……
「あの」
「我々を頼ってきてくださったということは費用の工面が出来なかったのでしょう?」
「はい……」
「保証人という形で我々が用意することで今回は進めていきたいと思います」
「はい」
 礼はまだ言えない。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ