あの店に彼がいるそうです
第11章 いくら積んでもあげない
だって、これからが俺の予想の範囲外だからだ。
鵜亥が何を交換に提示してくるのか。
膝に付いた手まで伝わるほど腕が痺れてる。
「宮内瑞希様」
畏まるように呼んだ鵜亥と向かい合う。
彼はふっと頬を緩ませてペットを見るかのように俺を眺めまわした。
後ろにいる汐野は無表情を貫いている。
「たった一つ、条件を飲んでくだされば返済は構いません」
「一つ?」
「ええ、一つです」
にこりと。
苦手だ。
この営業スマイル。
「それって……」
「シエラを辞めてうちに勤めてください」
あまりにあっさりというものだから……
だから、俺は口を開けたまま固まってしまった。
「え?」
その一言を出すだけで肺の空気を全部使ってしまったみたいだ。
だが、そんな俺とは対照的に鵜亥は顔色一つ変えずに穏やかな態度を崩さない。
そのせいで非現実的な状況に飲まれそうになる。
「シエラを……辞める?」
「ええ。勿論その際に貴方がそちらに負っている借金も肩代わりして差し上げましょう。それであれば向こうも拒絶はしないことでしょう。そうですね。手術は明日ですから、今日の内に店に連絡していただきたい。そうすれば、貴方のご友人の御身体は保障されるのですから」
待って。
待ってくれ。
トントンと話を進めようとする鵜亥に付いていけなくなる。
シエラを辞める?
俺が?
そんなこと考えもしなかった。
そんなことが交換条件に飛び出してくるなんて。
「なんで……」
役立たずの口はこれだけ云うので精いっぱいだ。
「何故? それは私が貴方を必要としているからですよ。単純な理由です。忍様の件を伺いにお会いした時から貴方をスカウトしたかったのです。如何でしょう? こちらの本社に寮はありますから住居も心配はいりません」
だから、待ってって。
頭痛さえもストップしてしまう。
え?
なんだ、これ。
なんで。
スカウト?
意味が分からない。
「決断していただけますか?」
どうしよう。
だって、こんな、頭が働かない。