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あの店に彼がいるそうです

第11章 いくら積んでもあげない

 袖に仕込み直してから確認は出来ていない。
 愛を逃がした判断は良かったんだろうか。
 先ほどの状況を冷静に分析する。
 古城拓が放ったあの一言を聞いた瞬間にすぐメールを打った。
 手を一切出せなかったのはそのせいもある。
 大事な仲間が撃たれるのを見るしかできなかったのは耐え難かったが。
 拓には今、吟がついているんだろう。
 そう考えると少しは安心だ。
 とはいえ、このビルの中においては一番危険なのは自分なのだが。
 そんな事実よりも瑞希のことが気にかかった。
 躊躇なくホストの身体を傷つけるような連中だ。
 トップの鵜亥もいくら目当ての存在とはいえ容赦はしないだろう。
 今の安否を考えるだけで眩暈がする。
 汐野は「調教中」だとふざけたが、無い話ではない。
 ここまで過激派と予想しなかったせいでどれだけ被害が出ている?
「今の状況など眼中にないほど考え事に夢中だな」
「ええ、まあ。前と違って忙しい身ですので」
 秋倉の言葉に冷たく切り返す。
「なぜあんな青年にこだわる?」
「はい?」
 汐野が会話を促すためか興味をそそられたのか、速度を緩める。
「前回の蜜壺の時から噂はあったが。好みの男などいくらでも選べるお前が、ただの大学生一人にそこまで入れ込む理由はなんだ。こんな事態にだって、本来のお前なら成り得ないだろ」
 カツン。
 類沢が完全に歩を止めたので、不意打ちのように秋倉も急いで止まる。
 ゆっくりと振り返って、ただ一言彼は放った。
「貴方はどうして僕にこだわるのです?」
 単純な、それでいてそれだけで十分な返しだった。
 いくらでもいるじゃないですか、替わりなど。
 それは、鵜亥に対して云っているのも同じだった。
 少し遅れて止まった汐野は、類沢と秋倉を眺めながら、鵜亥の理由を考えていた。
 唯一無二の存在だった巧と云う青年。
 替わりなんてどこにもおらへんはずやったんに。
 なんでやろうね。
 宮内瑞希に拘るんは。
 なんでやねん、鵜亥はん。
 到底理解できないと知りつつ、自分が鵜亥から離れないのも同種の問題かもしれないと過る。
 いや、それよりずっと強いはず。
 命を懸けて仕えているんや。
 あの方には。
 その見返りなんて望まん。
 たとえ眼中になくても。
 目の前で突然現れた男を愛しても。
「アホやな、みぃんな」
 誰にも聞こえない声で呟いた。

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