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あの店に彼がいるそうです

第11章 いくら積んでもあげない

 チャラリン。
 廊下に着信音が鳴る。
 汐野が溜息を吐く傍らで秋倉が携帯を取り出し耳に当てた。
「あ? 何を云ってるんだ、お前は……」
 イライラした声が一変し、秋倉の巨体が笑いを堪えるように揺れた。
「くっくっく、なるほどな。よく小木の居場所を見つけたもんだな。場にいなかったはずの愛から聞き出したのか? 電話をするためだけに」
 電話口の相手の声がボソボソとだけ聞こえる。
 全員が注目する中、秋倉は手錠された類沢の耳元に携帯を当てた。
「お前に代われってよ」
 聞き返す前に鼓膜に馴染んだ声が響いた。
「俺に安眠を与える日は来るのか、雅」
「最初からそんなのないって知って引き取ったんじゃないの、春哉」
 汐野がぴくりと眉を上げたが、特に口は出さなかった。
 秋倉のやり方にどうこう言う立場じゃないと自覚してのことだ。
「お前に一応確認してから動こうと思ってな。これが今生の別れの電話になるかもしれんが」
「名残惜しいね」
 涼しい声で。
「俺はもう、お前が瑞希に執着するのに文句は言わん。どうしようもないからな」
「それ今言うことかな」
「だけどな、鵜亥が瑞希に執着するのはどうも気に食わないんだ。奴はある男の代わりとして瑞希を傍におこうとしている。新人でもうちのホストだ。なあ、№1の類沢雅はこれについてどう思う?」
 試す口ぶり。
 初対面の時のことを思い出すよ。
 常に上からなんだ、春哉は。
 いくら地位が変わろうと関係ない。
 いつも答えは知ったうえで訊いてくる。

「決まってる。取り戻すよ。いくら積んでもあげない。瑞希は僕のものだからね」

「その言葉を確認したかった。秋倉に代われ」
「はいはい」
 眼で合図しただけで秋倉が耳から携帯を離して自分の耳に近づける。
 それから舌打ちをした。
「……切れてる」
 つい噴き出しそうになったのをなんとか類沢は堪えた。
 まったく、うちのチーフは。
 八人集で一番穏やかなふりをして一番喧嘩腰なんだよね。
 任せて平気かな。
 いや、わざわざこんな電話をしてくるんだ。
「もう行ってええかな」
 全員がまた歩き出す。
 その中心で類沢はシエラで客に対して見せるような優しい笑みを浮かべた。

 僕自身が救出に間に合わなかったらクビにでもしそう。

 大人しい囚人は静かに脳内で脱出の算段を立て始めた。

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