あの店に彼がいるそうです
第12章 どんな手でも使いますよ
「ふっははは……ははははははっ、ウソだろ……」
「どう、したんですか」
窓の外を見ながら愉快気に肩を震わせる篠田に、恐る恐る尋ねる。
こちらを振り向いた眼は、楽しそうに輝いていた。
「行先はスフィンクスだ。鵜亥から巧を攫った運び屋は、そこでホストをやっているらしいぞ」
凄い偶然だな、いや……偶然か?
雅。
篠田は緩む口元を手で押さえながら、まだ見ぬ巧という青年を想像した。
黒を基調とした店内に、壁をレーザーのように彩る照明を好みリピートする客も多いスフィンクス。
ホスト全員が揃えている香水の香りに、一歩入るだけで店の空気に文字通り包まれる。
今夜も席は埋まり、銀髪と白髪のホスト達が接客をする。
その様子を眺めていた我円に新米が耳打ちをする。
「わかった」
中央にいる息子の伴に目配せをして、店を出る。
本来駐車禁止の店前に堂々と車を停めて待っている二人に会釈をする。
「これはこれは、おやおやおや。篠田氏ではないですか」
「悪いな、急に」
「初めまして、シエラの愛と申します」
「ああ、スパイとして名高いお方ではございませんか」
「今はその話はいい」
「これは失敬。店先で話すのも如何と思われますので、中へ入って頂けないでしょうか」
「ああ、そうしたい」
あっさりと応じる篠田に、いつもと違う様子を汲み取る。
最近悪い噂の絶えない堺の連中がまた面倒を持ち込んできたのだろうか。
そう踏まえていた我円は、伴の席から見やすい位置に篠田らを通した。
ヘルプにつこうとした新人を控えさせ、三人が向かい合う。
「それで、如何致しましたのでしょうか」
「ここにいるホストの一人に用がある」
「それはそれは、随分と珍しいご用件で……」
詮索するように目を鋭くした我円に、溜息交じりに篠田が説明を始める。
「鵜亥の連中についてはよく知っているよな」
「多少の時事は流れてきています」
「うちの新人がその連中に拉致された」
「宮内瑞希氏でしょうか」
「よくわかったな」
「いえいえいえ、他に浮かばなかったので」
篠田は出来るだけ最低限の情報のみで交渉しようと思っていた。
特に雅が拘束されているなど他店に知られてはデメリットでしかない。
「その瑞希だが、ここにいる戒というホストのある前科に関わる青年の身代わりになっているらしくてな」
これも嘘ではない。
言い方だ。