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あの店に彼がいるそうです

第12章 どんな手でも使いますよ


「どうして……」
 麻耶が鼻を啜り、涙を手の甲で拭ってから聖の方を見た。
「彼がね、金原って青年を通して連絡をしてきたの。去年、貴方が歌舞伎町で勤めているところまでは突き止めたんだけど、どの店も教えてはくれなかった。だから……まさか、本当に会えるなんて」
 そこで耐え切れないように泣き崩れる麻耶に、伸ばしかけた手を空中で握り締める。
 ぐっと拳をおろし、今度は聖を見上げた。
「……どういうこと?」
 ソファの背にもたれかかった聖は愉快そうに腕を組む。
「いや、半信半疑で圭吾の手に乗ったのはあるけど、まさかあんたがそこまで崩れるなんて意外だったなあ。少年みたいに動揺しちゃって」
 ふっといつもの冷たい眼に戻った類沢に、聖の笑みが消える。
「へえ。人の過去を調べて勝手にこんな真似するとは大層な度胸してるよね……?」
 びくっと聖の背中に悪寒が走る。
 だが、彼も真剣な表情で答えた。
「俺はね雅さん。あんたを貶めるためなら、どんな手でも使いますよ。宮内瑞希は失敗したけど、今度は確かにあんたの宝物を把握した」
 そこで麻耶が身を起こす。
「え?……君、雅の友人なんじゃないの」
 ああ、そういうこと。
 だから一緒にいるんだ。
 類沢は立ち上がって聖を真正面から睨みつける。
「通りで。騙して連れてきたってこと?」
「玲使って乱暴に連れてきた方がよかった?」
「ねえ、聖。随分威勢がいいけどさ、いい加減にしないとその口利けなくしてあげるよ」
「いいのお? 大事な麻耶姉さんにそんな乱暴な姿見せちゃっても」
 傍らで座り込む麻耶を一瞥して、類沢は眉を潜めた。
「……お前がその呼び方を使うと苛つくんだけど」
「涙の再会なんじゃん? もっと味わえばいいのに。わざわざ秋倉さんも眠らせて邪魔は排除して演出してあげてるんだからさあっ」
 ツカツカと聖に詰め寄った類沢の手に、容赦なく拳が振り下ろされる。
 一瞬の沈黙の後、ポタポタと血が滴った。
 麻耶が驚愕の声を上げる。
「ふ……相変わらず、そればっかだね。お前」
 右手の親指の付け根にめり込んだ釘を見下ろして、類沢は勢いよく手を引いた。
 抜けた傷から更に血が飛ぶ。
 赤く染まった右手を、聖が掴んだ。
「この状況をさ、違う角度から見てみてよ。雅さん。あんたは手錠されてて動けない。目の前には命より大事な人。自由な俺は何をするでしょうか?」

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