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あの店に彼がいるそうです

第12章 どんな手でも使いますよ

 秋倉を跨いで、部屋に入る影にそのまま引っ張られる。
 見下ろした彼の胸に何かが刺さっていた。
 だがすぐに視界が壁に遮られる。
 そして、手の主の顔を確認した。
「……やっぱり、一人はお前か。聖」
 蛍光灯の光の下で、青年は友達を初めて家に招き入れた子供のように無邪気に笑った。
「俺だって思ってくれたんだ」
 そして、案内されたソファとテーブルの元に、もう一人を見た。
「でもこっちは予想つかなかったんじゃないの」
 そんな聖の言葉も鼓膜にすら届かない。
 腰までのブロンドの髪が揺れる。
 揃えた白い足。
 そこに乗せられた骨ばった手。
 黒いブラウスと、ベージュのタイトスカート。
 胸元に光るペンダント。
 伏せていた睫毛が少しずつ上がり、大きな瞳が姿を現す。
 唇が小さく震え、そっと開かれた。
 ああ、言われるより先に、貴方の声が聞こえる。
「雅」
 弦宮麻耶は、涙を湛えた眼でかつての類沢雅少年を見つめた。
 聖の手が離れ、支えを失ったように類沢はふらつく。
 今着ているスーツが余りに場違いに思えてくる。
 フレグランスの香りも、セットした髪も、全て。
 この人の前では、見せたことの無い自分に違和感が襲う。
 片膝が床についた。
 手錠をされた手も、トンと地に落ちる。
 起こせない視界で、細い脚が駆け寄ってくる。
 これは、現実じゃない。
 絶対にそうだ。
 そう思おうとしたと同時に、肩に温かみを感じた。
 ぎゅっと包まれて。
 類沢を抱きしめた麻耶が涙声でずっと名前を呼ぶ。
「み、やび……ああ。雅。っう……雅」
 一心に背中や肩をさすり、それから頬に手を添える。
 顔を持ち上げられ、ついにはっきりと眼が合ってしまった。
「大きくなったのね、雅。ずっと、ずっと会いたかったわ」
 どうして貴女はそうも簡単に言葉を紡げるのですか。
 対するこの僕はこんなにも無様に言葉を失っているというのに。
 乾いた口を開いても、掠れた声でたった一言しか零れなかった。
「な……ぜ」
 それが堰となって溢れ出しそうな涙を必死で堪える。
 封印していたあの日々が脳裏に一斉に蘇っては流れる。
 施設の庭園で並んで座り語った日。
 行事の度に誰より近くで見守ってくれていた優しい眼。
 常にそばにいてくれた存在。
 沢山の、記憶の中の彼女が込み上げてくる。
 最初で最後となった外出も。

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