テキストサイズ

あの店に彼がいるそうです

第2章 郷に入ればホストに従え

「瑞希ってやっぱり可愛い~」
 ヘルプに入り、同じセリフを何度か云われる。
 黒髪のショートの女性と、ブロンドの長髪の二人組だ。
 目の前には類沢がいるため緊張は高まる一方で。
「そ、そうですか」
「ねぇ、雅。この子のアフターとるのはルール違反?」
 類沢はニコリと笑って彼女の手を優しく握る。
 だが、俺は見逃さなかった。
 彼の目が冷たく光った一瞬を。
「また僕を試すんですか?」
「え」
 彼女の頬に手を添える。
 もう、多分類沢しか見えてない。
「……」
 なんだろ。
 周りには聞こえない声で何か囁いた。
 彼女の顔が蕩けた。
 なにを言ったんだ。
 隣の女性も気になるように、身を傾けている。
 俺は二人の世界を邪魔せぬよう、お酒を作った。
 指名。
 選ばれる立場。
 なのに、類沢のような存在もいる。
「紫織さん! お待ちしてましたよ」
 紅乃木のような存在もいる。
「千夏ぅ! 会いたかったわ」
「もう飽きられちゃったのかと思ってましたよ、お姫様?」
 千夏のような存在もいる。
 不思議だ。
 俺に来る指名客なんているんだろうか。

 時間が来て、他の新入りとチェンジし出迎えに向かう。
 その途中、あの瀬々がいた。
 怖い。
 俺は道を譲った。
 通り過ぎる瞬間、彼はトンと傷痕を叩いて行った。
 その場で崩れそうな痛みに、歯を食いしばって耐える。
 瀬々の背中は愉快そうに揺れる。
 指名客の元か。
 いつまでも行っててくれ。
 表情をつくり、足取りを確かに歩き出す。
 憂鬱だ。
 これからもこうした嫌がらせを受けるのか。
 早いところ稼がないと。
「ようこそ、シエラへ!」
「あら? 可愛い子がいるじゃない」
 俺に真っ直ぐ歩いてくる女性。
 香水の香りが掠める。
 その人は俺の髪をスッと撫で、赤い唇で微笑んだ。
「あなたを指名するわ」

「篠田蓮花さん?」
「そう。よろしくね瑞希」
 篠田。
 篠田篠田。
 あれ。
 なんか聞き覚えが。
「失礼ですが、チーフと面識が?」
 蓮花はちらりと事務室を見る。
「ええ。従兄弟よ」
 篠田チーフ。
 知ってるのかな。
「そんなことより、瑞希」
 そんなことって。
 蓮花は腰まである黒髪を靡かせ、身を寄せてくる。
 急にドキドキしてしまう。
「あなたのこと、教えて?」

ストーリーメニュー

TOPTOPへ