あの店に彼がいるそうです
第13章 今別れたらもう二度と
「仕方がないだと?」
紫野があと五歩ほどのところで脚を止める。
「うん。だって俺は元々そのためにこっち来させられたようなもんだし。逆らったらどうなるか巧ならよくわかってるだろ」
戒の服をぎゅっと掴んで後ろに隠れる巧を見据える。
「だったら猶更何しに来た。急いでるんだ」
汐野がいないことに嫌な予感がしていた篠田が苛ついた声で吐き捨てる。
ああいう連中の元に今、宮内瑞希は一人でいる。
たった一人で。
秋倉よりも性質の悪い奴らのすることなど考えたくもない。
「俺ね、ホストが好きになっちゃったの」
「あ?」
素朴な口調に些か勢いを削がれる。
紫野は、ふふんと笑って続ける。
「まさかさあ、才能あるなんて思わないじゃん? 囮捜査でヤクザになって組長になっちゃうみたいなもんでさあ、俺もうホスト辞められないんだよね。楽しいし。でもやっぱりキャッスルじゃなくて歌舞伎町一のシエラで働きたい。あの類沢さんと戦ってみたい。篠田さんの理想のホストクラブに加わりたい。だからさ、今回宮内瑞希を助けるの協力するから、俺を雇ってよ。篠田さん。そこの巧を利用して上手いとこ交渉するつもりなんだろうけど、多分それだけじゃ足りない。俺は役に立つよ?」
「ちょ、ちょっと待て。何を勝手なことをべらべらと」
「まあ、単刀直入に言うと、この組織ってもう崩れかかってるんだよね。だからもう抜けたいの。絶好の機会だし、俺はシエラにどうしても入りたいし」
「どういうことだ?」
黙っていた戒が耐え切れないように声を上げる。
「運び屋フラン。あんたもう情報も通じてないんだね。今回柾谷さんが動いているんだよ。ここを潰すためにケイと協力して」
柾谷。
篠田は古い記憶を思い出して硬直した。
類沢が飼われていた男娼宿のオーナー、秋倉真の上司。
エライ奴が出てきたものだ。
「そういえば篠田さんこないだ蜜壺燃やしちゃったんだよね。あんなことやっても無事なのはやっぱ八人集だから? それとも柾谷さんは関係なかったの?」
「……今話すことじゃない」
ホストの不祥事全てにチーフが携わるわけじゃない。
柾谷も同じだ。
動くときは動くが、部下で処理が間に合うときは動かない。
蜜壺の時は、確かに八人集で警察と揉めないよう裏で手も回した分、恩も売ってある。
秋倉が刑事告発を受けてないのはそのためだ。