あの店に彼がいるそうです
第13章 今別れたらもう二度と
ポーン。
機械音が廊下に響く。
「あ、もうエレベーター来ちゃった」
紫野が気の抜けた声で言う。
呼んであったのだろう。
重い扉が開いて、空っぽの箱が見える。
「てわけでそろそろ行こうか、篠田さん」
篠田は無言で歩き出した。
後ろの二人から非難の視線を感じたが、今は雑談している時間などないのだ。
それに、鵜亥の組織が揺らいでいるという情報は大きい。
この先の交渉の成功確率も格段に上がる。
重苦しい空気の中、四人が乗ったエレベーターの扉が閉まる。
紫野は階数ではなく、黒いボタンを押した。
「シークレットルームへご案内しまーす」
「茶化すな」
「だって篠田さんもフランも空気おっもいしー」
拓とはまた種類が違う饒舌な男だ。
頭が切れる。
相手の心理を理解したうえで、語調を変えてくる。
こいつは敵に回したくはないな。
ぼんやりと考える。
ずっと怯える巧に紫野が目を向ける。
「元気そうだな、巧。良かったよ」
「え……」
「どうしてんのか気になってた」
「ほ、他の皆は……?」
「俺以外全員海外に売られた」
軽い口調は、さらにその意味を重くのしかからせる。
巧は涙を飲み下して「そうなんや……」と絞り出した。
厭な世界だ。
まだ社会を知らないガキをこき使って。
簡単に売り払って。
言うこと聞かなければ身体を切ってでも従わせて。
吐き気がする。
ポーン。
扉が開いた。
いよいよ、鵜亥と対面か。
廊下を進む。
紫野も緊張してきたのか、少し肩に力が籠っている。
命令無視でここに来ているのだろう。
大した度胸だ。
後ろの二人もそうか。
そういえば、我円にはこれが終われば詫びを入れないとな。
愛はちゃんと仕事をやっているだろうか。
そうだ。
蓮花が言っていたな。
愛も、今の組織に不信感を抱いていると。
前を歩く紫野の背中を見る。
若手が見限る組織はすぐに崩れる。
そういうものだ。
突き当たりで立ち止まる。
紫野は息を一つ吐いてから、ドアをノックした。
すぐに開かれる。
「いらっしゃい」
ニヤリと汐野が笑った。
まるで、紫野すらも予期していたかのように。
食えない男だ。
鵜亥よりも、こいつの方が厄介に思える。
四人が部屋に入る。
二つの向かい合ったソファの奥に、鵜亥が待っていた。