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雨とピアノとノクターン

第3章 出会い編:罠

「排水作業を止めろ!!関係者以外は退避っ!会長命令だっ!!」
 僕は上着を脱ぎ捨て、井野口の制止を振り切り、救命用のロープのついた浮き輪を持って飛び込んでいた。
 競技用の飛込台の真下は水深が5m近くある。吸水口はその付近にあるはずだ。だとしたら…鳴海を早く引き上げないと、溺死してしまう!
 僕はプールの底で、すでに気を失っている鳴海を見つけた。泳ぎに衣服がことのほか邪魔になる。だが、脱ぐようなそんな猶予などない。
 僕は鳴海に浮き輪を固定すると水面に上がり、力いっぱい引き上げた。
「鳴海っ!しっかりするんだ!鳴海!!」
 口元に耳をつける。息をしていない…。
 僕はプールサイドの連中に大声で怒鳴った。
「AEDとアンビュー持って来いっ!!更衣室にあるだろっ!早くっ!!」
 普段から大声を出したことのない僕の姿に、皆はさすがに恐れをなしたのか、茫然としていたがすぐに弾かれるようにAEDを取りに走った。

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 緊迫した蘇生措置の最中、鳴海は息を吹き返した。チアノーゼを起こした彼の唇は、恐ろしいほどどす黒い紫色に変色していた。
「…鳴海、僕がわかるか?」
 僕の問いかけに、鳴海はコクリと頷いた。

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