担当とハプバーで
第3章 踏み入れた入口
ベッドにダイブするまで涙は我慢した。
ハヤテの顔と声を忘れないように何度も思い返して。
電車で泣き崩れるなんてダサすぎるから。
今日はいつも通り帰宅の遅い祥里のいない静かな部屋。
疑いに満ちたシャツが洗濯物に下がってる。
ああ、楽しかったなあ。
鼻水をすすり、ティッシュを探してサイドテーブルに手を伸ばす。
思えば怒涛の一ヶ月。
動画が偶然に流れてきて、翌日には来店。
夜明けのジャックのネオンの文字。
毎日動画を見返して、実物の存在感に圧倒されて。
でも今じゃないと。
引き返せなくなる前に、今じゃないと。
今夜の会計は十二万円。
ハヤテは餞別だと疑ったけど、私にとっては自分への慰めのお金だと思う。
際限なくハマってしまう前に。
目の前の現実と向き合って祥里との将来を決めるため。
謝りなんてしないし、お別れもいらない。
通わなくなったレストランにそれをしないように。
動画の向こうの存在に戻ってもらう。
それだけ。
なのに、なんでこんなに涙が出るんだろう。
まだ有岡に惚れてしまった方が楽だったかな。
ハヤテの手の感触を思い出す。
高い注文なんかしなくたって、大事にしてくれたのに。
きっと初めてのホストとしては、良心的だったんだろう。
もっとお金をよこせというのだっているはず。
営業メールだって雑なのもいるはず。
そうだ、メール。
通知音に気づいてからも確認してなかった。
アプリを起動すると、ハヤテから二件。
いつも通りなら文章とスタンプ。
でも、今夜は違った。
二つのテキスト。
「今日は初ドンペリありがと。凛音の特別な気持ちが伝わってきて忘れらんないわ。少しは気分が晴れたならいいけど。悩んだらいつでも連絡して」
それからもう一つ。
「何日先でもいいからまたおいで。寂しくなったら動画更新してくから。あと、凛音はいい女だよ、保証する。いくらでも男はいるし、その最後尾に俺も立候補してるから」
きっともう私が来店しないって、感じ取ってるから。
でも慌ててつなぎとめることもしない距離感。
二十万円の夢を買った。
ああ、でも耐えられるだろうか。
現実を見ることに。
ガバリと起き上がって、リビングに干してあるシャツをハンガーから外し、何重にも折りたたんでからビニールに入れて捨てた。