担当とハプバーで
第4章 明るく怪しい誘い
どんどんと低音が響くイントロに歓声が上がる。
ステージ真ん中のマイクスタンドを掴んだボーカルが囁くように開幕する。
「グレイテストショーへようこそ。花時雨」
配信サイトで再生数の多い代表曲に、泣きそうな悲鳴と雄たけびがあい混ざる。
ビリビリとした振動と興奮が全身を包む。
ステージ右手の有岡は、気だるく機材を確かめてから、何かが乗り移ったかのように演奏を始めた。
怪しく揺れながら弾く姿は、軽口を叩いている同僚とは全くの別人。
時折髪をかき上げて観客に笑いかける。
ああ、これは人気なわけだ。
歌詞も尖りすぎない純愛。
メロディーラインは耳にこびりつく。
ボーカルの声は透き通る高音から、がなるような低音まで魅力の幅が広い。
キーボードもギターもパフォーマンスが力強く、メンバー同士の仲の良さも伝わってくる。
気づけば右手を振り上げて、他の観客たちと同様に腕を振っていた。
隣の有岡の父は腕を組んで神妙な顔。
視界に光が飛ぶ。
簡易ながらもレーザーもスモークも神秘的。
ああ、楽しい。
音を浴びて、日常を忘れて、ただステージに釘付け。
仕事なんて一日でも早く辞めてしまいたいんだろうな。
ステージの有岡の笑顔を見るとついそう思ってしまう。
足を蹴り上げ、アウトロダクションで飛び跳ね、ボーカルと背中合わせになり、優雅に回る。
十年早く出会ってたら、間違いなくハマってた。
不安定でいて目が離せない四人に。
そして推しは有岡になったはず。
赤い髪がふわりと揺れて、ライトを反射する。
それだけで視界を独占してしまう。
「ずるいなあ……」
意味は伴わずに言葉が漏れ出た。
全てがずるく思えて。
「来てくれてんじゃーん」
物販の列を並び、手売りをする有岡の前にたどり着いたのは並び始めてから十五分後。
ファンの一人一人と丁寧に会話していた。
そんな対応も好感度が上がってしまう。
「すごかったね。めっちゃ格好良かった」
「でっしょ。毎月おいでよ。あんな座敷童子みたいにウォールフラワーにならずにさ。ステージ前だと確実に惚れさせてあげるよ」
隣のキーボードの男が呆れたように肘で小突いた。
「やめとけよ」
「いんだよ。知り合いなの」
「じゃ、またね」
「え、帰んの。感想は?」
「もう言ったじゃん」
「足りない」
後ろも詰まっているのに。