デリヘル物語
第4章 take4
「ええ、なんかそうみたいっすね……」
僕はとりあえず、玄関のすぐ外に立っている谷崎にそう答えた。
谷崎は相変わらず黒いスーツにノーネクタイと言う格好で、彼の右側に置かれたキャリーバッグのハンドルは最大限まで伸びている。そしてそれを右手で持つようにして、少し寄り掛かりながら立っている。それは、すでにデジャヴと呼べるほど見慣れた光景になっていた。
「でも、谷崎さん、考えすぎじゃないですか、宇宙の法則が僕達をどうこうするとか……」
「いやいや、決して俺の考え過ぎって事はないぜ――高橋くん、きみは『スクワット・エフェクト』――すなわち『潮吹き効果』って言葉を聞いたことが無いかい?」
「えっ、潮吹き効果?――いえ、聞いたことないっすけど」
「とある学者が提言した、まあ、例え話と言うか、ことわざのようなものなんだけどな――ブラジルである女性の潮を吹かせたら、それがテキサスでは大津波となって、州全体の街を壊滅させてしまう、という話なんだが……」
「なっ、なんですか、それ……。でも、それがいったいどう関係するですか、宇宙の法則ってやつと……?」
「まあ、つまりは、ほんの些細な出来事でも、それがやがて遠くの場所では思いもよらないほど大きな効果を招く、と言うことなんだ……。もっとわかりやすく言うなら、俺達が出会った事によって、それがいろんな事柄に影響を及ぼし、その結果、世界中の国々を巻き込んだ戦争を勃発させてしまう――って事も可能性としてはあるんだ。まあ、もし本当にそうなった場合、間違いなく宇宙の法則はそれをさせまいと俺達の存在そのものを消しにかかるだろうけどな……」
「そんな分かりやすい例えがあるなら、そもそも潮吹き効果の話は要らなくないっすか」と僕は谷崎に向かって言った。
「でも、存在を消しにかかる、って。それはどうやって……」
「まあ、それは、例えばそうだな……例えば……」谷崎は、そこまで言って言葉を詰まらせた。そして僕ではなく僕の遥か後方を見つめたまま固まってしまい、黙り込んだ。どうやら呼吸もしていない様子だ。
僕は、そんな谷崎を見て心配になり「た、谷崎さん、どうしたんですか?」と尋ねた。
でも、彼はそのまま微動だにしなかった。
僕はますます不安になりとっさに彼の耳たぶを噛んだ。彼を起こそうとしたんだ。