デリヘル物語
第7章 take……Out
それから、僕は、いつものように座禅を組んで座り、いつものように般若心経を唱えた。今回は、始める前から、とにかくいつもと同じように、を心掛けたんだ。
「摩訶般若波羅蜜多心経〜ぉ、お〜ぉ。観自在菩薩 行深羅……………………………………」
とは言え、いざ始めてみると、ループが閉じてしまう事に対して、危機感を感じていなかったとは言えなかったろうし、よくよく考えてみたら今迄と同じようにやるなんて、不可能に等しいって事も今になって思うんだ。
でも、きっと彼はあの時、それを既に悟っていたんだと思う。僕には不可能だ、って分かっていたんだと思う。彼がこの世界に来た時の状態をつくりだすことは、もう出来ないって事をちゃんと分かっていたんだと思う。そのうえで、彼はあの時僕に微笑んだんだ。
ところで、彼が何物だったのかについては、残念ながら憶測の範疇を超える事は出来ないんだ。彼と過ごしたのは、ほんの僅かな時間だったし、僕はあれ以来彼に会う事は無かったんだからな。もちろんその後、彼がどうなったか、って事もやっぱり謎のままなんだ。
向こうの世界で、僕と彼がどんな関係だったのか、僕と彼の間にはいったいどんなやりとりがあったのか。『彼を救った』とはいったいどんなものだったのか、とても気になるところであるが、今となってはそれももう知る由もないんだ。
「不生不滅 不垢不浄 不増不減…………………………………………………………」
ループが完全に閉じてしまう迄、あとどれだけの時間が残されていただろう。不思議と僕はそれが気にならなくなっていた。そればかりか、なぜかいつもよりも安心していたし、妙に落ち着いていた。
「是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪………………………………」
そして僕があの体験をしたのは、般若心経を一回唱え終わる頃だった――ただし、あれがいったい何だったのか、僕にはすっきりとした答えが未だに見つかっていない。それに、僕がこれから語ることは、あくまでも僕の目線で、尚且つ僕なりの解釈になってしまうから、その辺は了承してもらいたい。