デリヘル物語
第6章 take4.3〜
部屋のおよそ中央に着くと、僕は座禅を組んで座った。そしていつもの様に、両手の親指と人差し指で輪っかを作り、それぞれの手の甲をそれぞれ膝の上に乗せた。それから目をつぶり、深く息を吸い込み、それを吐き出すとともに般若心経を唱えた。
「摩訶般若波羅蜜多心経〜ぉ、お〜ぉ。観自在菩薩 行深羅……………………………………」
――もちろん、どれだけの間そうしていたかは、分からない。あの時は、とにかく般若心経を唱える事に無我夢中だったんだ。もしかしたら、普段よりも少し肩に力が入っていたのかもしれない。なにしろ、僕と谷崎さん二人の命運がそれにかかっていたんだから。
結論から言うと、でも、それが間違っていたと思うんだ。あの時は、そればかりを気にしていて、悟り開こうなんて、まったく思っていなかったんだから……。
結局、チャイムの音に気が付いて、僕はそれをやめたんだ。
――ピンポーン、ピンポーンと、チャイムが絶え間なく鳴り響く中、僕は目を開けた。それから、すくっと立ち上がって玄関へ向かった。
玄関に着くと、ドアノブを左に回してドアを開けた。そこには、谷崎が立っていた。彼は明らかに肩を落としている。
「高橋くん、だめだ……あれから、もう既に二回も時間が戻っている」
「そっ、そんなに……」僕は彼同様、愕然としたが、すぐに尋ねた。「なにがいけなかったんすか……?」
「いや、それは俺には分からない」谷崎は力無く答えた。「むしろ、きみの方がわかっているんじゃないか?」
「僕の方が……ですか……?」
「ああ、なにかいつもと違う事とか無かったかい?」
その谷崎の質問に僕はドキっとした。彼に聞かれた通り、いつもとはいろんな事が違っていたからだ。
「えっ……いや、それは……その……」
「……んっ。高橋くん、なにか心当たりでもあるのかい?」
「いえ……。それは……あると言えばある、と言うか……」僕は、そもそも僕がなぜその日悟りを開こうとしていたのかを、彼になかなか話せずにいたんだ。
「高橋くん、話しにくい事かもしれないが、今はとにかく時間が――」