デリヘル物語
第2章 take2
ピンポーーン、と言うチャイムの音で心臓の鼓動が急速に早まるのを感じた。そして、それと同時にハッとなり、ある事に気が付いた。
僕は……また戻ってしまった――初めてデリバリーヘルスを呼んだその日の午後9時ちょうどに……。
その日、と言うか、その日の午後9時――の15分ほど前から、僕は自分の部屋のおよそ中央の位置に座禅を組んで座り、なおかつ両手は人差し指と親指で輪っかを作り、さらにその手をそれぞれの膝の上に乗せ、般若心経を唱えていた。それはもちろん悟りを開くためだった。
僕は緊張が高ぶるとそうするようになっていた。いつからそんな風だったかははっきりとは覚えていないが、もしかすると、手塚治虫の『ブッダ』を読んだその少し後ぐらいだったかもしれない。『悟りを開く』とは何か、ブッダはその時何を見たのか、何を感じたのか、僕はその本を読んでそんな事をよく考えるようになっていたんだから。それがやがては、それについてあれこれと調べるようにもなった。でも、あいにくその答えとなるものを見いだせず、だから、僕自身が悟りを開くしかない、そう思い始めたんだ。最初はもちろん見よう見真似だった。沙羅双樹の下で座禅を組んで目を閉じる、だけだった。それがいつしか……と、その話はさておき、とにかくまだ残念ながら悟りは開けていない。
ただし、その代わりに僕は時間の壁を越えるようになっていた。つまり、タイムリープするようになってしまったんだ。
それはいつも僕の意志に関係なく起きてしまう。だからあいにくその原因や法則性なんかも今のところわかっていない。
ちなみに、その時の、タイムリープする前の記憶はと言うと、それは完全とは言えないが、かなりそれに近いものだと言える。今回も記憶ははっきりとしている。記憶通りならこの後、部屋のドアを開けると、中年の男と若い女が立っていて、女の方は無表情だが、男の方は笑顔……と言うか、明らかに造られた笑顔を僕に見せて、それから、僕と目が合うと……。
今回もまた起きてしまった、それが……。おそらく、僕は今日、デリヘルを体験する事は出来ないだろう。