悪いオンナ…
第1章 【友達と行った居酒屋で…】
「婚約指輪ですか、おめでとうございます」
ニッコリ笑って接客してきたのは紛れもなく、あの時の彼女
莉子さんだ
見間違いじゃないよな、と名札を確認した
“遠野 莉子”
間違いない、絶対に彼女だ
「あの、僕の事、覚えてますか?」
思わず聞いてしまった
周りには聞こえてないと思う
仕事中なのもわかる
でも、声を掛けずには居れなかった
顔色ひとつ変えないのは彼女の強みなのか
それとも全く記憶にすら残っていないのか
「ご予算内で…ですと、こちらか…こちらになります」
指輪なんて見てない
彼女から目が離せられない
とにかく話がしたい
やっと、やっと見つけた
「元気だった?結婚するんだね、ケンジ…くん」
その一言に胸がいっぱいになって泣きそうになる
「結婚、しない、キミに……莉子さんに会いに来た」
ジュエリーショップで、婚約指輪買いに来て、僕は一体何を言っているんだ
そうだ、あの時のままだ
あの時一瞬でも、僕にこの笑顔を向けてくれてたじゃないか
「ふふふ、さすがに私ももうあんな事はしてないけど、私みたいなのに引っ掛からないようにね?」
「もう……遅過ぎたかな?あれから忘れられなくて」
どうしよう、口が止まらない
こんなの迷惑でしかないって頭ではわかっているのに
どうにか彼女の気を引こうと必死に繋ぎ止めてしまう
少しだけ前屈みになって耳元で囁かれる
「それって私の事?それともあの時のセックス?」
僕だけに聞こえる声……
ほんのり漂うあの時の彼女の香り
何もかもが一瞬であの頃に戻った
あの頃のままだけど、もっと綺麗になっていた