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やぶさめ【3ページ短編】

第1章 サメとの約束



「それでは坊っちゃん、また来月に」

そう言うと着物姿のサメはすぅ、と人間の女の姿になってスタスタ歩いて正面の門から出て行ってしまった

どうせ池には代わりが居てるのだ
父上にも気づかれまい
ならば変わりはないだろう
さらに我が家を繁栄させてくれるのであれば悪くない申し出だ

さて、父親には気づかれること無くサメと朝露丸の思惑通りとなった


一ヶ月後、

旅の一行が一夜の宿を求めて屋敷にやってきた
聞くと山の向こうの家のものらしく、川魚を町の市に並べるため降りてきたのだという

一行を取り仕切る女はとても美しく、父はのぼせ上がり一夜といわず何日でも過ごすとよいと客間を案内してしまった

夜の宴が終わり、父上が酔いつぶれて眠ってしまった丑の刻、寝床についていた朝露丸の部屋のふすまがつつつぅ、と開いて女が入ってきた

「坊っちゃん、あれから一ヶ月となり約束を果たしに来ましたよ」

「やっぱりお前か、そうであろうなと思っていた、すっかり人間の姿だな、たいしたものだ」

女は赤い着物の袖から新しい金魚を取り出すと池を放ち、元いたサメのような金魚をがしっと素手で掴むとそのままむしゃむしゃと食べてしまった


女の見た目は美しいが頬まで大きく広がる口の中には、のこぎりのようなギザギザと尖った歯が並んでいるのだ


朝露丸は少し恐ろしくなり、女には関わらないようにした

あれから数ヶ月、女は山から降りてきては数日屋敷に滞在するようになってきた

女が屋敷に通うようになってから不思議なことに父の仕事が上手くいき、屋敷の金回りが良くなっていった

使用人も増えて、たしかに女の言う通り屋敷は繁栄していったのだ

奥方と死別していた父は長く独りであったがちゃっかり女と仲睦まじくなっている

それから3年、

朝露丸は朝之丞と名前を変え都へ出ていた

もはや屋敷はあの女が取り仕切り、いまさら屋敷に戻る気も無かったのだが父から久しぶりの手紙が届く
久しぶりに帰って来い、妹も出来て顔を見たがっておる、と書いてあった

朝之丞は想像するだけで恐ろしい
小さな女の子が綺麗な着物を着て鞠つきをして庭で遊ぶ

こちらを振り返ると可愛いらしいわらべの顔が崩れていきサメのような顔をして口が裂けるくらいに広がり、ニヤリと笑う姿を思い浮かべる

「兄上、一緒に遊びましょう」と



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