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磯撫デ

第3章 ふたつ目のお話「足を引く怪」

もしそうだとしたら、僕らは本当に遭難するかもしれない。
「いや、そんなわけない。そんな特別な潮が一日だけあるなんて聞いたことない」

そりゃそうだ。
杞憂だったのか・・・
だが、岸は一向に近づいてこない。

夕日が沈みだした。
いつの間にか時計は5時を回っていた。
僕はますます焦ってきた。

「があ・・・!」

そのとき、友人が突然、声を上げた。
ライフジャケットを着ているはずなのに、溺れるように手が宙を掻いている。
「おい!」
僕は友人の手をつかみ、引き上げようとしたが、ものすごい力で引っぱられているようで、顔を引き上げることすらできなかった。

それどころか、自分まで引き込まれそうになり、ガボっと海に顔を突っ込んでしまった。

そして、潜った先に見たものは、一生忘れない。

友人の足に幾重にも絡みついた黒い手、崩れ落ちそうなほど腐った人の顔
何かが友人を悪意を持って引き込もうとしていた。

それを見た瞬間、恐怖のあまり、僕の意識が途絶えた。

目が覚めると、島の病院のベッドだった。
ライフジャケットのまま漂っているところを付近の漁師が助けてくれたようだった。

友人は行方不明だと言われた。

☆☆☆
もちろん、中居のAさんがこういう感じで語ったわけではなく、彼女が言ったのは、『I島に伝わる風習』『そこで禁止されている日に泳いだ学生がいた』『その内ひとりが行方不明、もうひとりは記憶が混乱していたらしい』ということだった。上記のごとく書き下したのはひとえにK実のジャーナリストとしてのサービス精神というか、もっと言えば虚構だ。

実際、『友人の足に幾重にも絡みついた黒い手、崩れ落ちそうなほど腐った人の顔。何かが友人を悪意を持って引き込もうとしていた』ってところは?と尋ねたところ、「その方が迫力があるでしょう?」と悪びれもなく言っていた。

「でもね、この『目を土で塗り潰したザル』ってのは意味深でさ、多分、『目を潰す』、見ていないですよ、私達は、ってことだと思うんだよね。要は、見ること自体を禁止している何らかの怪異があるってこと」

ちなみに、Aが言うには、その大学生は海を極端に恐れるようになった、という。

「明日は公民館と村役場、それから鈴本さんの家に行ってみるつもり」
その日のK実との通話はそこで切れた。

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