テキストサイズ

磯撫デ

第7章 取材ノート:補遺

もうひとつ、今、新たな疑問が出てきた。

4 豊漁祭はどういった祭なのか

郷土史の記述では、豊漁祭は冬の間に海の神様(これはおそらく祭の名からセオリツヒメだろうと思われる)に供物を捧げ、一年の豊漁を願うものと理解できる。山の幸を奉納するのは、海の神にとって山の幸が珍しいからだろうか。

不漁の際は肉を供えるというのは、神を元気づけるという意味らしいが、こういった習俗はあまり聞いたことがない。マヤやアステカの生贄の儀式を連想させる。

今のところの結論は、12年前に何らかの理由で祭の儀礼か方法を『間違えて』しまったことで、その後の祭が『意味をなさなくなった』ことで、祭はなくなってしまった。祭がなくなったことが、もともと神であった『磯撫デ』を怪異たらしめた・・・・といったところか?

先程、この考察を夕飯の給仕をしてくれたAさんに話してみたが、きょとんとした顔をしていたところを見ると、あまり響かないらしい。別の考察を考えないと、記事にはならない、かもしれない。

12年前に豊漁祭をやめてからこの漁港の漁獲量が減っていたりしたら面白い記事になるかもしれない。ダメ元で調べてみるか?

☆☆☆

以上が私に送られてきた取材ノートの全てである。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ