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磯撫デ

第1章 ひとつ目のお話「海に招かれる」

「ええ、そう思われていました。でも、遺書も何もない。それに、友人と旅行に来ていたり、家族と来ていたりと、とてもじゃないけど自殺しそうな人ではないんです。自殺する人って、だいたい一人で宿泊されますからね。」
それはそうだ。死にに来るのに、団体旅行で来るというのは想像しにくい。

それに、と更に続ける。
「夜中にフラフラと浴衣のまま海に向かって、ずんずんと海に入っていく人影を見たっていう話も地元じゃちらほら聞きますよ」
「夜の海に呼ばれたってこと?何か船幽霊的なものでもいるのかな?」
ははは、と、中居さんは明るく笑う。
「まあ、そういうものがいるのかもしれませんね。ちなみに船幽霊っていうのは、船に乗っていると遭遇するやつですよね。柄杓を貸してくれーって来る」
中居さんは両手を垂らしてお化けのジェスチャーをしてみせる。明るい人だ。

彼女が教えてくれた怪談話自体はこれで終わりだった。

腹も満ちて、酒も飲み、軽くひと風呂浴びたあと、俺達はまた部屋で酒盛りを始めた。そのうち、Cが「俺寝るわ」と寝てしまい、Bも酔いつぶれて寝入ってしまった。
俺とAは比較的酒が強く、多分1時位までは飲んでいたと思う。さすがにもういいかということで二人して床につくことにした。

だが、その後、ふと俺だけが目を覚ましてしまった。飲みすぎて小便が近くなっていたんだな。そのせいで起きてしまったようだ。

時計を見ていないからわからないが、3時ごろだったんじゃないかと思う。小用をたし、もう一眠りと思って寝床に向かうところで、何気なく窓から外を見た。満月に近い月の光がキラキラと夜の海に照り返されてきれいだった。

そこで、俺は浜辺で動く影を見つけた。その影は、フラフラとふらつきながら波打ち際に向かい歩いているように見えた。格好は浴衣のままなのだろうか、ひらひらとした服装だった。俺は先程聞いた中居さんの話を思い出してゾッとした。もしかしたら『呼ばれている』のかもしれない。

もし本当だったら、いや、そうでなくても自殺をしようとしている人だったら・・・!
俺はいっぺんに酔いが醒めた。手早く着替えると、急いで影を見た場所を目指してエレベーターに飛び乗った。

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