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『春のうつろい』

第9章 春爛漫(はるらんまん)

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 指輪を知らないか?………

 本当は知っている…
 だってアレは、あの朝方…
 春の気配がいっぱいに漂う、あの暁の朝…

 わたしが失くしたモノだから…………。

 朝露に濡れるアスファルトの上を…
 コロコロと転がっていくのを見て…
 見切ったモノだから………。

 だけどわたしは…
「…………………」
 知らない…
 と、また再び、小さく首を振る。

 そんなあの夜、あの朝以来の誘い………


「あと一時間くらいで終わりますから…」

「うん、そうか、わかった、お先に…」

 それは、一時間後の逢瀬へのわたしからの答え… 

 そして…

 先に待っているという、彼からの応え。

「ふうぅ……」
 彼が出て行くと、ふと、そんなため息が漏れてしまう…
 そしてなぜか…
 いつもの昂ぶりが、沸いてこない。

 なぜか…

 その時だった…

「ね、先輩っ」

「えっ」
 不意な、後ろからのその声に、わたしはドキッと驚き、振り向く…

「あっ…」
 そこに、同じ課の後輩が満面の笑みを浮かべてきたいたのだ。

「あぁ、もぉ、やだなぁ、俺も残業して居るんすけどねぇ」

「え、あ、ごめん、そうだったの…」
 本当に彼の存在には気付かなかった。

 だが、なぜか…
 わたしはこの後輩の彼の満面な笑みを見て、心がスッと軽くなった。

「ねぇ先輩、あと一時間くらいで終わるんすよねぇ?」
 そして後輩くんがそう聞いてくる。

「あ、う、うん…」
 そうあと一時間…
 それは、本当は、彼との逢瀬までの適当な時間潰し。

「じゃぁ、残業終わったら…」

「え……」

「あそこの公園の夜桜に行きません…すか?」

「え、夜桜…」

「はい、夜桜っす…
 屋台とかもぉ、沢山出ててぇ…………」

 なぜか、わたしは…

 その誘いに、少しドキドキしてしまう。




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