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SAKURA (さくら)

第3章 ソメイヨシノ 2 美卯

 5

「美卯さん、統括部長がお呼びです」

「え、は、はい…」

 昼前…秘書が呼びに来た。

 立ち上がり、秘書の後ろを着いて行くと…

「………」

 弥生課長が、見ていた――

 こちらを…

 わたしと、秘書を見ていた。

 目が、合う…
 
 けれど、そのまま、何もなかったように…

 視線は、外れた。

 それでも…

 なぜか、逸らし方だけが、残る――


「失礼します、お呼びでしょうか」

「あぁ、わざわざすまないね」
 そう呟き、秘書に目を向ける。

「………はい」

 秘書は、踵を返し…

 わたしを、逸れずに見つめながら…

 仕切りの奥へと、下がっていく。

 濃い、シャネルを漂わせながら――

「四月に異動したら早々すぐに、企画先の会社に、同行してもらいたいんだが……」

 どうやら、本部長昇進と同時に、いち早く、手柄を上げたいらしい――

「あ、はい…」

「で、どうだ打ち合わせがてらに、今から昼メシでも…」

 統括部長は…
 センスの良いネクタイに触れながら、メガネの奥を、光らせる。

「は…はい…ご一緒させていただきます…」

 断る理由はなかった…

 いや、その指先のネクタイを見つめ…

 メガネの奥の、野心いっぱいの目の輝きを感じた瞬間に…

 胸の奥の、ひびが…

 もう一段、深く、走った。

 音を、立てずに…
 
 ただ…
 
 静かに、広がっていく――


「そうか、よし、じゃ、行くか」

 統括部長が立ち上がると、スッと秘書が近寄り…

「あそこの、個室を押さえてくれ」

「…は、はい…」

 わずかに、遅れる秘書の返事…

 ほんの一拍の、ずれ…

「さぁ、行こうか」

「……はい」

 濃い、シャネル。

 わたしの中の、翳が揺らぎ

 さっきまで残っていた、あの甘いムスクが、
 上書きされていく。

「………」

 混ざらないはずのものが、胸の奥で、重なっていく…

 さっきのひびが、広がるみたいに――



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