My Godness~俺の女神~
第7章 ♯Pray(祈り)♯
♯Pray(祈り)♯
運命のその日は、足音すら立てずにやって来た。
十二月半ばのある日、実里はF駅から私鉄電車に乗り、隣町のI駅で降りた。これまでなら迷わず車を使うところだけれど、四月のあの事故以来、車は乗っていない。
車を運転すると、どうしても、あの日のことを思い出してしまうのだ。なので、どこに行くにも交通機関を必然的に利用することになった。
I駅で降りると、結構な道程(みちのり)を歩かなければならない。駅前の寂れた商店街を抜け、しばらく行くと、だらだらと上ってゆく坂道がある。坂の両脇には静かな住宅街が並び、その長い坂道を上りつめたところに広い墓地があった。
頂上の墓地からは遠くはるかに海が見渡せた。蒼い、どこまでも果てなく続く海は、お腹の子を宿したと知ったばかりの頃、潤平のマンションで見た紫陽花の色にも似ている。
あれで本当に潤平とは終わりになった。風の噂によれば、彼は予定どおり九月初旬、ニューヨーク支社に赴いたという。何と愕くべきことに、空港からロス行きの飛行機に搭乗する彼の傍らには美しい妻が寄り添っていた。
その妻は潤平の直属の上司の姪で、それでなくとも出向から戻ってくれば栄転は間違いなしといわれている彼のこれからの輝く前途を約束しているかのようだった。
どうやら、ニューヨーク行きが正式に決まった少し前には、上司を通じて縁談が持ち込まれていたらしい。潤平は流石に確答は避けたものの、かといって、はっきりとも断らず、上司の姪とは時折逢ったり、メール交換をしていた。
つまり、潤平は両天秤をかけていたことになる。実里との結婚を望みながらも、万が一に備えて逃げ道をこしらえていた。それを良いように勘違いした上司は潤平が姪との結婚を決めたと思い込み、出向の話を進めた。
もっとも、潤平が仮にこの縁談を断った場合、姪可愛さのあまり、怒った上司が出向の話を白紙にしたであろうことも十分考えられる。狡猾で貪欲な癖に、そこまで頭が回らないのが彼らしいといえばいえた。
考えてみれば、潤平の妻になった女性も哀れではあった。夫の狡賢い本性などついぞ知らないのだから。
運命のその日は、足音すら立てずにやって来た。
十二月半ばのある日、実里はF駅から私鉄電車に乗り、隣町のI駅で降りた。これまでなら迷わず車を使うところだけれど、四月のあの事故以来、車は乗っていない。
車を運転すると、どうしても、あの日のことを思い出してしまうのだ。なので、どこに行くにも交通機関を必然的に利用することになった。
I駅で降りると、結構な道程(みちのり)を歩かなければならない。駅前の寂れた商店街を抜け、しばらく行くと、だらだらと上ってゆく坂道がある。坂の両脇には静かな住宅街が並び、その長い坂道を上りつめたところに広い墓地があった。
頂上の墓地からは遠くはるかに海が見渡せた。蒼い、どこまでも果てなく続く海は、お腹の子を宿したと知ったばかりの頃、潤平のマンションで見た紫陽花の色にも似ている。
あれで本当に潤平とは終わりになった。風の噂によれば、彼は予定どおり九月初旬、ニューヨーク支社に赴いたという。何と愕くべきことに、空港からロス行きの飛行機に搭乗する彼の傍らには美しい妻が寄り添っていた。
その妻は潤平の直属の上司の姪で、それでなくとも出向から戻ってくれば栄転は間違いなしといわれている彼のこれからの輝く前途を約束しているかのようだった。
どうやら、ニューヨーク行きが正式に決まった少し前には、上司を通じて縁談が持ち込まれていたらしい。潤平は流石に確答は避けたものの、かといって、はっきりとも断らず、上司の姪とは時折逢ったり、メール交換をしていた。
つまり、潤平は両天秤をかけていたことになる。実里との結婚を望みながらも、万が一に備えて逃げ道をこしらえていた。それを良いように勘違いした上司は潤平が姪との結婚を決めたと思い込み、出向の話を進めた。
もっとも、潤平が仮にこの縁談を断った場合、姪可愛さのあまり、怒った上司が出向の話を白紙にしたであろうことも十分考えられる。狡猾で貪欲な癖に、そこまで頭が回らないのが彼らしいといえばいえた。
考えてみれば、潤平の妻になった女性も哀れではあった。夫の狡賢い本性などついぞ知らないのだから。