テキストサイズ

My Godness~俺の女神~

第7章 ♯Pray(祈り)♯

 所詮、実里は彼にとって、その程度のものにすぎなかったのだ。あの時、潤平のプロポーズにYesと応えなくて良かったとしみじみと思うのだった。
 既に九ヶ月めに入り、実里のお腹ははち切れんばかりになっている。傾斜は緩やかとはいえ、けして短くはない坂を登り切るのは、今の身体では至難の業といえた。
 苦労してやっと頂上に辿り着くと、しばらくは蒼く輝く海を眺めながら呼吸を整えた。
今日は殊の外良い天気で、陽光が蒼海を照らし、海は眩しく煌めいている。
 実里はしばらく海を眺めながら休むと、今度はまたゆっくりと歩き出した。広大な墓地の一角に小さな十字架がひっそりと立っていた。
 十字架の前には枯れた百合の花が忘れ去られたように放置されていた。実里は腕に抱えてきた真新しい百合の花束をそっと墓前に供えた。
 十字架はまだ真新しく〝SAKI MIZOGUCHI 1988~2007〟と彫り込まれている。
―許してください。
 実里はしゃがみ込むと、両手を合わせて黙祷した。
 実里はクリスチャンではない。だから十字は切らなかったけれど、心から亡き人に祈りを捧げた。
 あの事故以来、こうして月に一度、時間の許すときに早妃の墓参りに通い続けている。 柊路から早妃が百合の花が好きだったと聞いたので、大抵は百合の花を持ってきた。いつも白ばかりでは淋しいだろうからと、今日は華やかなオレンジ色の百合と優しいピンクの色合いのスプレーカーネーションで花束を作って貰った。可愛らしいピンクのリボンで束ねられている。
 この十字架の下に永眠(ねむ)っているのは早妃だけではない。早妃のお腹には、ついにこの世の光を見ることなく儚く逝った赤ん坊もいたのだ。
 自分がもうすぐ出産を控え、実里は今なら早妃の気持ちが痛いほど理解できた。母となる歓びを指折り数えながら待っていたのに、突如として生命を奪われてしまった。どれだけ悔しかっただろうか。生きたいと願っただろうか。
 今日、カーネーションを花束に入れたのは、母となることを望みながらも不幸にしてなり得なかった早妃へのせてもの手向けの意味もあった。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ