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My Godness~俺の女神~

第6章 ♯Conflict(葛藤)♯

 実里は何度訊かれても、赤ん坊の父親の名を明かさなかった。その中に、父も母も訊かなくなった。どうも道ならぬ不倫の恋の果てにでもできた子―父親が明かせないのは、その男に家庭があるからだろうと勝手に推測したらしい。
 実里は自宅からパートに通うことになった。幸いというべきか、母が近々、スーパーのレジ打ちを止める予定だったので、その後釜として入った。
 一度、休日にムシさんこと人事部長が自宅まで訪ねてきてくれたこともあった。
―妊婦には何が良いか、よく判らなくてねえ。
 ムシさんは高級メロンの箱を下げてやって来て、笑った。
 恐らくムシさんは本当は優しい面倒見の良い人なのだろう。しかし、長年の会社勤めは、その優しいムシさんを始終、渋面の気難しそうなおじさんに変えてしまった。
 丁度、その日は父も自宅にいて同年配の二人はすっかり意気投合した。
―娘なんか、育てても仕方ありませんなぁ。部長、大切に育ててきた娘がまさか男に騙されて棄てられて、こんな風に一人ぼっちで子どもを生む羽目になるとは思いもしませんでした。娘のことを考えると、私は死のうにも死ねません。
 昼間から母が出した酒に酔っぱらい、父はムシさん相手にさんざん愚痴を言っている。
 恥ずかしいのはもちろんだが、日頃は酒を飲んでも繰り言一つ口にしない父がああまで乱れてしまうのは、やはり父の言葉どおり、不肖の娘が原因だろうと思うと居たたまれなかった。
―いや、全くです。うちの娘も似たようなもんですよ。しかし、お父さん、孫は可愛いですぞ。うちのところは先月に生まれまして、これがもう可愛いの何のって。家内なんか一日に何度写真をうっとりと眺めていることやら。生まれた孫の顔をひとめ見たら、何もかも忘れられますよ。
 ムシさんは巧みに話を別の方に持っていき、父は
―おお、そうですか。やはり、そんなに可愛いものですかね。部長さん、うちはどうも女の子らしいんですよ。いやー、私が娘一人だったもんで、初孫は男が良いかなと思っていたんですが、これがまた期待はずれで。
 と、ムシさんに上手く乗せられている。

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