淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④
第5章 意外な再会
春泉もできることなら、その手を取りたかった。しかし、千福が制裁を受けなければならないほどの悪党であったとしても、春泉の父であることに変わりはない。
光王が父を殺したという厳然とした事実はきっと一生、二人について回る。そして、そのことは、二人の間に大きな翳を落とすことになるだろう。
「―やっぱり、行けないわ。私」
春泉は、消え入るような声で応えた。
「父と母はけして睦まじい夫婦ではなかった。でも、母はどこかで父を求めていたとも思うの。一人になってしまった母を置いてはゆけない」
それは言い逃れではなく、真実の気持ちだ。多分、母は父を愛していた。烈しい愛は時として憎しみにもなり得る。殊に、愛した相手が自分を裏切った場合は。
父を喪った母を一人にはできない。
たとえ、一生、解り合えなくても。
母は春泉にとって、たった一人の母だから。父に何もしてあげられなかった分、これからはできるだけ母の傍にいて、母の心に寄り添って生きてゆこう。
春泉は改めて誓った。
「そうか。俺はまたしてもフラレたか」
光王の美しい面にはうっすらと微笑みさえ浮かんでいる。
その時、ひときわ明るい月明かりが彼の貌を照らした。
月の光を紡いだかのような金色の髪が闇色の頭巾からひと房、零れ落ちている。炯々と輝く瞳の奥で蒼い焔が燃えているようだ。
ああ、私が生涯でただ一度恋い慕った男は、まるで月の光が凝って人になったように美しいひとだった―。
春泉の瞳から流れ落ちるひとしずくの涙を月光が冴え冴えと照らす。
光王の手がそろりと伸び、彼女の頬をつたう水晶のような涙を指でぬぐった。
光王が黙って背を向けた。脚音も立てず夜の闇に吸い込まれてゆく男を、春泉はその場に座り込んで茫然と見つめていた。
彼が去ったのと入れ替わるように聞こえてきたかすかな啼き声に、春泉は微笑した。
小虎がいつしか、ちょこんと眼の前に座っている。
「お前、いつ、戻ってきたの? もう、どこにも行っては駄目よ。お前までいなくなってしまったら、私は本当に一人ぼちになってしまうから」
光王が父を殺したという厳然とした事実はきっと一生、二人について回る。そして、そのことは、二人の間に大きな翳を落とすことになるだろう。
「―やっぱり、行けないわ。私」
春泉は、消え入るような声で応えた。
「父と母はけして睦まじい夫婦ではなかった。でも、母はどこかで父を求めていたとも思うの。一人になってしまった母を置いてはゆけない」
それは言い逃れではなく、真実の気持ちだ。多分、母は父を愛していた。烈しい愛は時として憎しみにもなり得る。殊に、愛した相手が自分を裏切った場合は。
父を喪った母を一人にはできない。
たとえ、一生、解り合えなくても。
母は春泉にとって、たった一人の母だから。父に何もしてあげられなかった分、これからはできるだけ母の傍にいて、母の心に寄り添って生きてゆこう。
春泉は改めて誓った。
「そうか。俺はまたしてもフラレたか」
光王の美しい面にはうっすらと微笑みさえ浮かんでいる。
その時、ひときわ明るい月明かりが彼の貌を照らした。
月の光を紡いだかのような金色の髪が闇色の頭巾からひと房、零れ落ちている。炯々と輝く瞳の奥で蒼い焔が燃えているようだ。
ああ、私が生涯でただ一度恋い慕った男は、まるで月の光が凝って人になったように美しいひとだった―。
春泉の瞳から流れ落ちるひとしずくの涙を月光が冴え冴えと照らす。
光王の手がそろりと伸び、彼女の頬をつたう水晶のような涙を指でぬぐった。
光王が黙って背を向けた。脚音も立てず夜の闇に吸い込まれてゆく男を、春泉はその場に座り込んで茫然と見つめていた。
彼が去ったのと入れ替わるように聞こえてきたかすかな啼き声に、春泉は微笑した。
小虎がいつしか、ちょこんと眼の前に座っている。
「お前、いつ、戻ってきたの? もう、どこにも行っては駄目よ。お前までいなくなってしまったら、私は本当に一人ぼちになってしまうから」